にうつひめじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
丹生都比売神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2024年05月03日(金)
参拝:2024年5月吉日
参拝記念⛩️✨
世界遺産
紀伊国一之宮 丹生都比売神社
ご祭神
第一殿 丹生都比売大神
(にうつひめのおおかみ)
別名 丹生明神 天野明神
天照大御神の妹神であり稚日女尊とも称されます。
第二殿 高野御子大神
(たかのみこのおおかみ)
別名 高野明神 狩場明神
丹生都比売大神の御子神です。白と黒の犬を連れた狩人の姿に化身し、弘法大師の前に現れたとされます。
第三殿 大食都比売大神
(おおげつひめのおおかみ)
別名 気比明神
五穀に象徴される農業と食物を司る女神です。丹生都比売大神の「往昔の友(旧友)」とされ、鎌倉時代の託宣により、越前の気比神宮から勧請されました。
第四殿 市杵島比売大神
(いちきしまひめのおおかみ)
別名 厳島明神
航海と財運、芸能を司る女神です。七福神の弁財天とも称されます。大食都比売大神と共に、託宣によって安芸の厳島神社から勧請されました。
以上の四柱の神々を称え
当社は「四社明神」
の名でも呼ばれます。
ご由緒
高野山麓の標高四百五十メートルに広がる天野盆地。作家・白洲正子が名著『かくれ里』の中で天上の「高天原」にもたとえ、いにしえには「天野原」ともよばれた、天野の里に当社が創建されたのは、千七百年以上昔のことです。
応神天皇勅筆と伝わる『丹生大明神告門』によれば、御祭神の丹生都比売大神は、天照大御神の御妹神であるとされます。神代に紀の川流域を巡幸されて、農耕や機織りを広められたのちに、この地へお鎮まりになられました。
(丹生都比売神社HPより)
西の旅、初日に参拝に上がれず😂
2日目に参拝へ上がらせて頂きました🙏
流石!世界遺産という貫禄があります。
鳥居からの輪橋、中鳥居からの楼門と拝殿。全てが手入れされており、とても神聖な境内でした😊
撮影用に各所に撮影スタンドが置かれていて、とても素敵な写真がとれ神職の配慮をとても感じとれました。
写真だけでは物足りないので🥺
また、参拝に上がらせて頂こうと思います😊
世界遺産
紀伊国一之宮 丹生都比売神社
ご祭神
第一殿 丹生都比売大神
(にうつひめのおおかみ)
別名 丹生明神 天野明神
天照大御神の妹神であり稚日女尊とも称されます。
第二殿 高野御子大神
(たかのみこのおおかみ)
別名 高野明神 狩場明神
丹生都比売大神の御子神です。白と黒の犬を連れた狩人の姿に化身し、弘法大師の前に現れたとされます。
第三殿 大食都比売大神
(おおげつひめのおおかみ)
別名 気比明神
五穀に象徴される農業と食物を司る女神です。丹生都比売大神の「往昔の友(旧友)」とされ、鎌倉時代の託宣により、越前の気比神宮から勧請されました。
第四殿 市杵島比売大神
(いちきしまひめのおおかみ)
別名 厳島明神
航海と財運、芸能を司る女神です。七福神の弁財天とも称されます。大食都比売大神と共に、託宣によって安芸の厳島神社から勧請されました。
以上の四柱の神々を称え
当社は「四社明神」
の名でも呼ばれます。
ご由緒
高野山麓の標高四百五十メートルに広がる天野盆地。作家・白洲正子が名著『かくれ里』の中で天上の「高天原」にもたとえ、いにしえには「天野原」ともよばれた、天野の里に当社が創建されたのは、千七百年以上昔のことです。
応神天皇勅筆と伝わる『丹生大明神告門』によれば、御祭神の丹生都比売大神は、天照大御神の御妹神であるとされます。神代に紀の川流域を巡幸されて、農耕や機織りを広められたのちに、この地へお鎮まりになられました。
(丹生都比売神社HPより)
西の旅、初日に参拝に上がれず😂
2日目に参拝へ上がらせて頂きました🙏
流石!世界遺産という貫禄があります。
鳥居からの輪橋、中鳥居からの楼門と拝殿。全てが手入れされており、とても神聖な境内でした😊
撮影用に各所に撮影スタンドが置かれていて、とても素敵な写真がとれ神職の配慮をとても感じとれました。
写真だけでは物足りないので🥺
また、参拝に上がらせて頂こうと思います😊
すてき
投稿者のプロフィール
ユッキー166投稿
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