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密蔵院ではいただけません
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みつぞういん

密蔵院のお参りの記録(1回目)
東京都沼袋駅

投稿日:2024年01月02日(火)
参拝:2024年1月吉日
この辺りは真言宗のお寺が多い。真ん前には百観音で有名な明治寺があるが、そこは真言宗東寺派だ。新井薬師を始めとし、真言宗豊山派寺院が中の国は多い。

当寺は北条氏直の持仏、将軍地蔵を本尊とし小田原城内に創建された。後、慶長16年に江戸矢の倉に方30間を拝領し、住職法印恵誉上人は本尊・将軍地蔵を捧持して移り、殿堂を結集した。 その後、正保元年に浅草寺町に土地を拝領して移転した。以来、御室法親王の隠室となり、代々仁和寺門跡に、直属していたが、時とともに衰退していった。 明治36年に松田密信僧正が当寺に住職されると、寺運の復興に尽力され、墓地を現在地に移し、一意精進されていたが、関東大震災で堂宇が全焼した。間もなく壇信徒の協力で復興し、墓地には管理所として葬祭場、客殿なども完備し、寺運ようやく盛昌となった。 昭和に入り第二次大戦の空襲により、浅草の堂宇、墓地管理所ともに再び全焼し、この時、寺宝・寺什のすべても烏有に帰してしまったが、昭和25年には現在地に本堂を再建し、現在に至っている。 御府内八十八ケ所第41番札所。(中野区のページより)

こちらのお寺は小さいのだが、こんなに受け入れてもらっていいの?と涙が出るほどの対応だった。
若い修行僧か副住職かだと思うが、本殿に上がるように勧めてくださり、手を合わせる事が出来た。御朱印を書く間には日当たりの良い場所に椅子を移動させて座ってください、と親切であった。
私の知識不足と言われると恥ずかしいのだが、古義真言宗と真義真言宗についても教えて頂いた。御室派は古義で京都の仁和寺を本山とするのだ。
私としては、弘法大師様を大切にされているならあまり派には拘らないのだ。軽い人間なのだろう。
住職は裸足に草鞋で外を歩かれていた。細いのだが足腰がしっかりされている方であった。檀家さんの対応をされていたが、私が帰る時には、
「あまり対応出来なくてごめんなさいね」
と笑顔で見送ってくれた。
普段から誰にでもそのようにされている方なのだろう。
感謝。
密蔵院の御朱印
密蔵院(東京都)
密蔵院(東京都)

すてき

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