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真言宗豊山派幽谿山密蔵院観音寺ではいただけません
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みつぞういんかんのんじ|真言宗豊山派幽谿山

真言宗豊山派幽谿山密蔵院観音寺
東京都 桜上水駅

御朱印について
御朱印
なし
パーキング
駐車場
-

その他の巡礼の情報

玉川八十八ヶ所霊場45番
世田谷11番目の札所

真言宗豊山派幽谿山密蔵院観音寺の基本情報

住所東京都東京都世田谷区桜上水2丁目24−6
行き方
アクセスを詳しく見る

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名称真言宗豊山派幽谿山密蔵院観音寺
読み方みつぞういんかんのんじ
電話番号0333030650
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://tesshow.jp/setagaya/temple_sakura_mitsuzo.html

詳細情報

ご本尊御本尊 不動明王立像
観世音菩薩
秩父などから集めた百体観音
山号幽谿山
院号密蔵院
宗旨・宗派真言宗豊山派
創建時代慶長3年(1598)
開山・開基榎本河内重泰の養子但馬定宗
ご由緒

新義真言宗小石川護国寺の末寺で,幽谿山観音寺という。天正の頃下野国都賀郡水代の城主榎本河内重泰は故あって城を退き、その子文右衛門氏重を連れてこの地に来た。その頃、吉良家の家人鈴木新平重貞がこの地の地頭をしていた。重泰はこの人と親しくなり天正8年(1580)ここに住居を定めた。その後,下野国都賀にいた僧頼慶法師は氏重のここに住んでいることをきき、尋ねきて重貞とも親しくなった。法師は学徳ともに優れ稀にみる高僧であった。重貞は法談などを聞いて、深くこの法師に帰依し当所の観音堂に住まわせた。その後重貞の養子但馬定宗の代になって慶長3年(1598)に観音堂を再建、一寺として頼慶和尚を住職とした。
本尊は、不動尊の立像で作者は不明、宝暦12年(1762)9月本郷六郎左衛門が彩色して安置した。本堂の前に観音堂がある。その中に西国,坂東,秩父などから集めた百体観音があり世田谷11番目の札所となっている。観世音菩薩は銅仏で,施主は鈴木左内仁右術門、享保15年(1730)に造立したものである。盆の17日には遠近からの参拝者で門前市をなしたのも昔の夢で、今ではそのおもかげもない。なお閻魔堂、位牌堂などあったが、今はない。
また、この寺は近くの上北沢勝利八幡神社の別当も兼務していた。
この寺は、上北沢の鈴木家累代の菩提所になっている。現在の本堂は、延享1年(1744)の建立、村内にあった安楽寺が明治8年に合併された。
もと本堂の前庭にあった提灯桜は、非常に見事なもので遠方からの見物人もあったが、惜しいことにこの名木もまもなく枯れてしまい、ただ当時の絵に枝垂桜としてしのぶだけである。
墓地には「世田谷私記」の著者穂積隆彦の五輪塔がある。(せたがや社寺と史跡より)
https://tesshow.jp/setagaya/temple_sakura_mitsuzo.html

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