みつぞういんかんのんじ|真言宗豊山派|幽谿山
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お寺の登録をしましたが、他の方が登録されていたら済みません・・・
世田谷の寺社巡りで伺いました。
広大な境内の庭園はとても癒やされます。
境内にある草木慰霊碑などは、慈悲深い思いが伝わってきます。
感謝です☆
本堂
草木慰霊碑
参道
境内のお地蔵様
境内のお地蔵様
境内のお地蔵様
由緒書
境内
境内
お寺表札
名称 | 真言宗豊山派幽谿山密蔵院観音寺 |
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読み方 | みつぞういんかんのんじ |
電話番号 | 0333030650 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | https://tesshow.jp/setagaya/temple_sakura_mitsuzo.html |
詳細情報
ご本尊 | 御本尊 不動明王立像 観世音菩薩 秩父などから集めた百体観音 |
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山号 | 幽谿山 |
院号 | 密蔵院 |
宗旨・宗派 | 真言宗豊山派 |
創建時代 | 慶長3年(1598) |
開山・開基 | 榎本河内重泰の養子但馬定宗 |
ご由緒 | 新義真言宗小石川護国寺の末寺で,幽谿山観音寺という。天正の頃下野国都賀郡水代の城主榎本河内重泰は故あって城を退き、その子文右衛門氏重を連れてこの地に来た。その頃、吉良家の家人鈴木新平重貞がこの地の地頭をしていた。重泰はこの人と親しくなり天正8年(1580)ここに住居を定めた。その後,下野国都賀にいた僧頼慶法師は氏重のここに住んでいることをきき、尋ねきて重貞とも親しくなった。法師は学徳ともに優れ稀にみる高僧であった。重貞は法談などを聞いて、深くこの法師に帰依し当所の観音堂に住まわせた。その後重貞の養子但馬定宗の代になって慶長3年(1598)に観音堂を再建、一寺として頼慶和尚を住職とした。
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体験 | 札所・七福神巡り |
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