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松代妻女山招魂社ではいただけません
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まつしろさいじょざんしょうこんしゃ

松代妻女山招魂社
長野県 篠ノ井駅

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり

おすすめの投稿

くし
2022年10月25日(火)
1450投稿

妻女山に登ってみました。
有名な古戦場に関わらずあまり観光資源としては重視されてないようで、山上にあったのはこの古びた招魂社と展望台だけでちょっと寂しい感じ。

まぁ誰もいないのでご覧のように刀持ってごっこ遊びができたり、いろいろ思索や妄想に浸れたりして、戦国マニアとしてはこれはこれで結構w

この日は快晴で眺めが良かった。
もっとも朝靄掛かってた方が第四次川中島合戦を完全再現できて一層雰囲気に浸れたのですが(^^;
(実はこの前日と翌日に妻女山方面にいい感じの朝靄が掛かってた・・・orz)

この後、史実の謙信公同様に、山を降りて川中島古戦場跡を目指しました。

松代妻女山招魂社(長野県)

妻女山の登り口付近には上杉謙信槍尻の泉というのがあります
謙信公が槍の石突で地面を強く突いたら清水が湧き出したとのこと
日本各地にある弘法大師の湧水のような伝承がここでは謙信公に仮託されてるらしい
まぁ自称 毘沙門天の化身だし仕方ないねw

松代妻女山招魂社(長野県)

山頂にある妻女山松代招魂社

松代妻女山招魂社の建物その他

深谷鸞生?
ググったところ幕末の信州の歌人らしいのですが、ほとんど情報が出てこなかった(^^;

松代妻女山招魂社(長野県)
松代妻女山招魂社(長野県)

拝殿

松代妻女山招魂社(長野県)

かなり老朽化してるようで社殿には近付けず

松代妻女山招魂社の本殿
松代妻女山招魂社(長野県)

スズメバチの巣あり
人が駆除したのではなく、ハチクマか何かに襲われて破壊されたような感じです
展望台の方でコスズメバチに遭遇したので、時期によっては気を付けた方が良いかも

松代妻女山招魂社(長野県)

左から見た本殿

松代妻女山招魂社(長野県)

忠魂碑

松代妻女山招魂社(長野県)

右手に社務所と思われる建物あり

松代妻女山招魂社の建物その他

読めない(^^;

松代妻女山招魂社(長野県)

かがり火のオブジェ
古戦場跡らしいものはこのくらい、観光資源としては重視されてない様子

松代妻女山招魂社の建物その他

東宮殿下御遊覧所
東宮=皇太子とのことですが、いつ頃のものか不明

松代妻女山招魂社(長野県)

大正天皇御手植
てことは先ほどの東宮殿下は皇太子時代の昭和天皇か?
桜か何かを植えたようですが、すでに枯れてました

松代妻女山招魂社の歴史
松代妻女山招魂社(長野県)

展望台

松代妻女山招魂社(長野県)

善光寺平が一望できるビュースポット
長野市街地とその向こうに飯綱山と戸隠山

松代妻女山招魂社の御朱印

翌日、信州松代観光協会に行ってみたところ、海津城としての御城印も1種類ありました
また、川中島古戦場公園の売店にも海津城の別バージョンの御城印があります

松代妻女山招魂社(長野県)

海津城方面 思ったより近かった!
確かにこの距離で城を見下ろされると武田方としては相当なプレッシャーだったと思われ
右側の方にちょこっと写ってるのが日本のピラミッド 皆神山です

松代妻女山招魂社の建物その他

第四次川中島の戦いの武田・上杉両軍の動き
赤の別動隊が山本勘助によるキツツキ戦法
誰もいなかったのでここでも山鳥毛一文字を持参w

松代妻女山招魂社(長野県)

フフフ・・・勘助よ、貴様の浅はかな策などお見通しよ
皆の者、山を降りて川中島に攻めこむぞ! 信玄の首を獲れ!!(゚Д゚)/

誰もいない早朝の山上で刀を振り回すド変態の図

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歴史

松代妻女山招魂社は、戊辰戦争の際に松代真田藩の藩士として従軍し、戦死した52柱の御霊を祀るために、第十代藩主真田幸民が明治2(1869)年に建立した神社です。
日清、日露、満州・日中そして太平洋戦争終結までの間、郷土の戦没者969柱の御霊を合祀してある慰霊施設です。

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松代妻女山招魂社の基本情報

住所長野県長野市松代町岩野2854 招魂社
行き方
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名称松代妻女山招魂社
読み方まつしろさいじょざんしょうこんしゃ
通称招魂社
参拝時間

24時間

トイレなし
御朱印あり

限定御朱印なし
ホームページhttps://www.matsushiro-kankou.com/spot/spot-047/

詳細情報

ご祭神戊辰、日清、日露、満州、日中、太平洋戦争の戦没者969柱
創建時代1869年(明治2年)
創始者松代第十代藩主 真田幸民
ご由緒

松代妻女山招魂社は、戊辰戦争の際に松代真田藩の藩士として従軍し、戦死した52柱の御霊を祀るために、第十代藩主真田幸民が明治2(1869)年に建立した神社です。
日清、日露、満州・日中そして太平洋戦争終結までの間、郷土の戦没者969柱の御霊を合祀してある慰霊施設です。

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