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都萬神社ではいただけません
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都萬神社のお参りの記録(3回目)
投稿日:2023年08月15日(火)
参拝:2023年7月吉日
都萬神社の更衣祭
早朝参拝後に木花咲耶姫の御陵墓とされている西都原の女狭穂塚を訪れ、お昼前に都萬神社を再び参拝
七夕の日、都萬神社では、コノハナサクヤヒメと天孫ニニギノミコトが逢初川で初めて出会い、長狭神(ナガサノカミ)の媒介によりお嫁入りした古事を再現する神事が行われます。室町時代以前、500年も前から続いている伝統の神事です。
御神体のコノハナサクヤヒメは嫁入りにあたり、真綿の御被衣(おかつき)をかぶり、紅や白粉で化粧を施し、婚礼衣装である真っ白い衣に着替えます。氏子さんたちから寄せられたこの衣の枚数で、その年の寒暖と豊作を占います。最後は神楽が奉納され、この日、訪れた人は15時頃までヒメのお顔を拝見することができます。
以下は都萬神社の案内を抜粋
当社の特殊神事に約五百年前より続いている更衣祭(七月七日に斎行することから七夕祭とも呼ばれる)という日本でも大変珍しいお祭りがございます。天孫瓊瓊杵尊は木花開耶姫命を妻にと思召しになられましたが、天津神と国津神との結婚とのことで、事勝国勝長狭神を仲人に立て婚姻の儀礼を行いました。そのお嫁入りされる時の古事そのままの姿をおつくりし、晴れの婚礼衣装を木花開耶姫の御神像にお着せ申し白粉や口紅をつけ角隠しの帽子をかぶせ花嫁姿になられる有様を生でじかに行うゆかしい神事で、この神事が我が国婚礼儀礼のハジメであると社伝にあります。当日は午後三時まで全く可愛らしい清らかな姿を御神殿正面に御遷座申し上げその間一般参拝者に拝観が許されます。この日に奉納される白衣の枚数によってその年の豊凶や天候が占われます。更衣祭前日には高鍋町の堀之内まで浜下りをして、禊を行い、古来より磐座とされる斎場に於いて神事を斎行し、明くる日の祭典に備えております。禊には神職だけでなく、氏子崇敬者をはじめ新盆を迎えられる家庭の方にも参加いただいております。都萬神社では、禊をすることにより、黒不浄の穢を祓い清める意味合いがあるとともに、心身を清めて故人の御霊をお迎えする習慣となっており、新盆を迎えるご家庭の方にご参加いただいております。さらに海岸に流れ着いている黒い石は黒不浄を清めるといわれており、藁で作った藁苞に納め、家庭に持ち帰って頂いております。それをお風呂につけて入ることにより、心身を清める禊の意味合いがあるとされており、各家庭においては御霊をお迎えする盆前にお風呂に入れて頂いたり、家のお清めに飾って頂いたりしております。
男狭穂塚はニニギノミコト、女狭穂塚はコノハナサクヤヒメの御陵であると伝えられ、古代ロマン感じる伝説が数多く残されています。
「男狭穂塚・女狭穂塚」について
男狭穂塚と女狭穂塚は、1895年(明治28年12月)に陵墓参考地に指定され、天皇家の御陵墓として宮内庁により管理されています。そのため特別史跡「西都原古墳群」の指定範囲には入っていません。男狭穂塚は、墳長154.6m、高さ19.1mの国内最大の帆立貝形古墳ともいわれており、二重の周溝をもっています。また女狭穂塚は、墳長176.3m、後円部長96.1m、高さ14.6mの前方後円墳で九州最大規模を誇っています。
毎年11月の「古墳まつり」2日目の日曜日には年に一度の特別参拝が行われておいます。
早朝参拝後に木花咲耶姫の御陵墓とされている西都原の女狭穂塚を訪れ、お昼前に都萬神社を再び参拝
七夕の日、都萬神社では、コノハナサクヤヒメと天孫ニニギノミコトが逢初川で初めて出会い、長狭神(ナガサノカミ)の媒介によりお嫁入りした古事を再現する神事が行われます。室町時代以前、500年も前から続いている伝統の神事です。
御神体のコノハナサクヤヒメは嫁入りにあたり、真綿の御被衣(おかつき)をかぶり、紅や白粉で化粧を施し、婚礼衣装である真っ白い衣に着替えます。氏子さんたちから寄せられたこの衣の枚数で、その年の寒暖と豊作を占います。最後は神楽が奉納され、この日、訪れた人は15時頃までヒメのお顔を拝見することができます。
以下は都萬神社の案内を抜粋
当社の特殊神事に約五百年前より続いている更衣祭(七月七日に斎行することから七夕祭とも呼ばれる)という日本でも大変珍しいお祭りがございます。天孫瓊瓊杵尊は木花開耶姫命を妻にと思召しになられましたが、天津神と国津神との結婚とのことで、事勝国勝長狭神を仲人に立て婚姻の儀礼を行いました。そのお嫁入りされる時の古事そのままの姿をおつくりし、晴れの婚礼衣装を木花開耶姫の御神像にお着せ申し白粉や口紅をつけ角隠しの帽子をかぶせ花嫁姿になられる有様を生でじかに行うゆかしい神事で、この神事が我が国婚礼儀礼のハジメであると社伝にあります。当日は午後三時まで全く可愛らしい清らかな姿を御神殿正面に御遷座申し上げその間一般参拝者に拝観が許されます。この日に奉納される白衣の枚数によってその年の豊凶や天候が占われます。更衣祭前日には高鍋町の堀之内まで浜下りをして、禊を行い、古来より磐座とされる斎場に於いて神事を斎行し、明くる日の祭典に備えております。禊には神職だけでなく、氏子崇敬者をはじめ新盆を迎えられる家庭の方にも参加いただいております。都萬神社では、禊をすることにより、黒不浄の穢を祓い清める意味合いがあるとともに、心身を清めて故人の御霊をお迎えする習慣となっており、新盆を迎えるご家庭の方にご参加いただいております。さらに海岸に流れ着いている黒い石は黒不浄を清めるといわれており、藁で作った藁苞に納め、家庭に持ち帰って頂いております。それをお風呂につけて入ることにより、心身を清める禊の意味合いがあるとされており、各家庭においては御霊をお迎えする盆前にお風呂に入れて頂いたり、家のお清めに飾って頂いたりしております。
男狭穂塚はニニギノミコト、女狭穂塚はコノハナサクヤヒメの御陵であると伝えられ、古代ロマン感じる伝説が数多く残されています。
「男狭穂塚・女狭穂塚」について
男狭穂塚と女狭穂塚は、1895年(明治28年12月)に陵墓参考地に指定され、天皇家の御陵墓として宮内庁により管理されています。そのため特別史跡「西都原古墳群」の指定範囲には入っていません。男狭穂塚は、墳長154.6m、高さ19.1mの国内最大の帆立貝形古墳ともいわれており、二重の周溝をもっています。また女狭穂塚は、墳長176.3m、後円部長96.1m、高さ14.6mの前方後円墳で九州最大規模を誇っています。
毎年11月の「古墳まつり」2日目の日曜日には年に一度の特別参拝が行われておいます。
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のぶさん1519投稿
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