こうえつじ|日蓮宗
光悦寺のお参りの記録一覧
圓成寺から光悦寺へ。まあ人いっぱい😅そして狭い参道に座り込んで写真撮ってる迷惑カメラマンが必ずいるんですよねぇ・・・😩周りの迷惑考えへんから撮影禁止になるだって言われなわからんのかなぁ・・・言われてもわからんか🤥紅葉はこちらも見頃でした🤗
本阿弥光悦ゆかりの光悦寺に参拝。紅葉の時期は参道が紅葉で真っ赤になるらしい。光悦垣そばの紅葉もキレイとのこと。御朱印は直接書き込んでいただきました。
光悦寺参詣入口
本堂
光悦垣
鷹ヶ峰〜鷹峰三山
三巴亭
本阿弥庵
了寂軒
本阿弥光悦は刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を家業とする京都の本阿弥家の長男として生まれてますが、家業の仕事はほとんど聞かず、むしろ「寛永の三筆」の一人に位置づけられる書家として、また、陶芸、漆芸、出版、茶の湯などにも携わったマルチアーティストとしてその名を残している人です。
その光悦が晩年過ごした場所ですが今では紅葉の名所として有名です。
ここで注目するのは竹の垣根
光悦垣またはその姿から臥牛(ねうし)垣と呼ばれる垣根ですね。
和風な作りでおなじみな竹垣ですよね。
えっと感想としては、紅葉は素晴らしかったけど、人がヤバい!ってだけです(笑)
光悦垣
本堂
光悦の墓
左から、本阿弥家不明、本阿弥光甫、本阿弥光瑳の墓
江戸初期の文化人・本阿弥光悦が徳川家康よりこの鷹峯の地を拝領し、一族らとこの地に移り住んだ。当時は追剥や辻斬りがよく出る物騒な土地であったというこの地は、光悦らによって江戸時代の一大芸術村へと発展した。
光悦の死後、庵であったここを、光悦と繋がりがあり、また、本阿弥家の菩提寺でもある本法寺の僧によって寺に改められた。
庭園を取り囲む斜めに組まれた竹垣は「光悦垣」と呼ばれる、本阿弥光悦考案によるものである。
本阿弥光悦は「琳派」と呼ばれる日本芸術界の流派の代表格であり、他には「風神雷神屏風」で有名な俵屋宗達などがこの「琳派」に属している。
入口と参道からの様子。
紅葉の時期の名所の1つでもある。
鷹峯の要所に掲げられている本阿弥光悦。
京都府のおすすめ🌸
最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう
利用開始をもって利用規約・プライバシーポリシーに
同意したものとみなします。
ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから
お問い合わせ
22
0