ひらおかじんじゃ
枚岡神社のお参りの記録一覧(2ページ目)
河内国一之宮。関西小旅行3日目最終日。宿泊の近鉄日本橋ホテルから1社目、初参拝。
近鉄1日切符の利用も検討しましたが、最終日は興福寺五重塔特別展と、以前は時間がなく十分回れなかった東大寺に行きたかったので、1日券は購入せず。近鉄奈良に向かう途中下車。
奈良方面ホームから降りると一ノ鳥居があり、境内は反対側ということで地下道抜けると目の前が二ノ鳥居。
ただニノ鳥居からはなだらかな登り坂で結構な距離がありました。
参拝客も結構多く、拝殿ではご祈祷が行われており、参拝後、拝殿左手の朱印所へ。
拝殿右手がお守りや腹帯などの授与所で、授与所は行列ができていましたが、御朱印は待ちがなく直書き拝受。
拝殿から右手へ出雲井へ向かう途中、塀からは綺麗な本殿を見ることができます。
本宮までは徒歩40分とのことで今回は行きませんでしたが、途中、感謝と祈りの道でもお参りされている方がいらっしゃいました。
授与所
末社 天神地祇社
末社 飛来天神社
一言主神社
摂社 若宮神社
略記
斎館
偶然にも朝の祝詞奏上の時間帯に参拝、清々しい空気の中大祓祝詞を聞くことができラッキーでした。太陽は照っているのに、霧のように降り注ぐ雨が不思議な感じでもありました。
手水舎の作りが珍しい。鹿さんです。
個性的なしめ縄
登山道を行くと奥宮がありますが、そこまで行けない方の遥拝所があります。
青紅葉も綺麗な拝殿前
今日は、河内国一之宮枚岡神社に参拝に行って来ました。
近いようで遠かった大阪ですが、車で東大阪市出雲井町まで走ってきました。
境内はとても広く綺麗にされてました。
落ち着いてお詣りをする事ができました。
第一殿は天児屋根命
第二殿は比売御神
第三殿は経津主命
第四殿は武甕槌命
の四柱が御祭神になります。
最初の鳥居
由緒書き
手水社
本殿
本殿内
由緒書き
一言主神社
若宮社由緒書き
若宮社
飛来天神社
白水井
白水井
天神地祇社
天神地祇社
遥拝者
感謝の水鏡
小滝場
境内案内図
しおり
神気と笑福御朱印と一緒に頂きました。
河内国一之宮枚岡神社に参詣させていただきました⛩👏🌿ご本殿の枚岡造(王子造)と呼ばれ四殿並列極彩色の美しい神社建築のご神殿にお酒を献上しながら祝詞をあげさせていただきました🌿👏🙇🏻♂️🥹ご本殿のご祭神は四柱、天児屋根命あめのこやねのみこと比売御神ひめみかみ経津主命ふつぬしのみこと武甕槌命たけみかづちのみことです👏🌿 創建はいい伝えによると初代神武天皇即位(紀元前660年2月11日)前3年と古くて(2682年前?!😵)中臣氏の祖の天児屋根命を主祭神として中臣氏の氏神だったらしいです。のちに中臣氏から分かれた藤原氏が氏神として春日大社を創建した時に、祭神4柱のうち2柱として当神社の天児屋根命・比売御神の分霊がされていて、それに由来して「元春日」とも言われるということです🧐😆なので、当神社のご神紋は「下がり藤」(藤原氏の家紋)です🧐😆ご本殿のつぎに摂社の若宮社わかみやしゃ(天押雲根命あめのおしくもねのみこと)にお詣りし、末社の天神地祇社てんしんちぎしゃ(天津神 国津神)にお詣りさせていただきました👏🌿🙇🏻♂️ 天神地祇社の雰囲気がホッとできていいなと思いました🙏⛩🥹🙇🏻♂️山頂の神津嶽本宮かみつだけほんぐうに登りかけましたが、熱中症🥵💦になりそうで途中で引き返し、ご本殿右手奥の神津嶽本宮かみつだけほんぐう遥拝所ようはいしょで祝詞を山頂に向かいあげさせていただきました🤣👏🌿🙇🏻♂️涼しい季節に元気に当神社の元々の山岳信仰発祥の地である元宮に登拝したいです🌿🙏🙇🏻♂️🤣
神さまに歓迎されましたでしょうか🥹🌿🙏🦋🙇🏻♂️
あとで気がついたのですが横の柱(貫ぬき)の下のところに水色の蝶🦋のようなもの?が写っていました🥹🙏🦋雲にもパワーを感じます🌤☁️🙏🥹
手水舎も狛鹿🦌🌿🥹
独特の注連縄(しめなわ)🥹⛩🌿 「あげまき結び」は通常の注連縄(しめなわ)についている紙垂(しで)や〆の子(しめのこ)を全て縄で表現していると言われます🥹👏
狛鹿(神鹿しんろく)が両脇で護っています😮👏🌿
眷属でいちばんが鹿(狛鹿)(神鹿しんろく)だったのですね🥹👏⛩🌿🙏
斎館🌿⛩
ご本殿左手の受付所の左下に降りる階段を進むと神津嶽本宮かみつだけほんぐう山頂への登山口🌿⛩です☺️👏
ここを左手に(登り口)
この辺で熱中症になりかけて引き返しました🥵💦🙇🏻♂️
すごい数の神さまです🥹👏🌿
なんか いちばん ほっこりとして 安堵感に包まれました🥹👏🌿
神津嶽本宮かみつだけほんぐう遥拝所ようはいしょ🥹🌿👏
【参考】 元宮までの道順です🥹🤗🌿梅林の方からは登れません🙅⚠️🥹🙇🏻♂️
枚岡神社に参拝しました。息子夫婦が結婚式を挙げた思い出の神社です。
で、使用中の御朱印帳への御朱印授与と、新しい御朱印帳の購入を申し出たところ、新しい御朱印帳は、最初のページに枚岡神社の御朱印をいただかなければ販売できないと断られました。
しかし、使用中の御朱印帳は10ページも残っていますし、新しい御朱印帳に日付が飛んだ御朱印があるのも嫌です。もちろん、10ページ残して次の御朱印帳に替えるのも嫌です。
そこで、御朱印帳の購入は諦めました。これでは、枚岡神社で御朱印デビューする人や、枚岡神社で新しい御朱印帳に替わるタイミングの人しか買えません。
こういう扱いをされたのは初めてで、仕方がないので、他所の神社で購入することにしましたが、どうにも釈然としません。というより理不尽だと思います。
非常に味のある駅を降りて斜面を登っていくと枚岡神社が見えてきます。
鳥居や社殿の造りも立派で緑も多く素晴らしい神社です。
感謝の水鏡
願いが成就した時に勾玉をこちらに沈めます。
【近鉄の旅①】
前売り条件ですが、近鉄で金土日or土日月の三日目限定のフリーパス「近鉄週末フリーパス」が発売されています(4200円)。
今回はこの切符を利用して鉄道旅をしてきました。
やはり私にとっては一宮は外せないということで、先ずは枚岡神社に参拝です。
こちらは、山岳信仰(神津嶽)の神社なので、枚岡神社に参拝後はそのまま神津嶽にも登ります!
近鉄の枚岡駅を出ると、すぐに鳥居があります(笑)
駅からの距離からしたら、今までで最短じゃないでしょうか?
そのくらい近い…、というか直結しているレベルです。
参拝後は御朱印を頂き、いざ本宮が鎮座する神津嶽山頂へ…!
続く
駅前
神津嶽までの地図を頂けます
枚岡駅
特急「ひのとり」
この日は、この特急に乗りました
東大阪に仕事できていて休憩中に奉拝。さすが河内の一宮です。平成令和の修繕、そして、社内もすごく整備されていて、森に囲まれて、神域の気と新鮮な空気でリラックスできます。コロナ収まったらマスクとって歩きたいところです。
鳥居
由緒
参道
手水舎
参道
参道
白梅
紅梅
梅林からの景色、夜景絶対感動する。🤩
社屋
本殿
参道
天児屋根命に会いに伺いました(≧▽≦)ゞ
御祭神
天児屋根命
比売御神
経津主神
健甕槌命
比売御神なんですが、天児屋根命の奥さん(天美津玉照比売命)とか大日霊貴命(天照大御神)とか言われていますが、謎です(笑)
伺った時に神前結婚式を執り行われていました。
呼ばれたって事すね(笑)
でも河内国一の宮ですので、色々見所沢山です。
狛犬がいない代わりに鹿さんがいるのが興味深い。
でも自分的には本殿ですね。
四柱の御祭神がそれぞれ孤立した社に祀られています。
つまり本殿が四社あるわけです。
しかも本殿と拝殿との間に堀がある…
非常に興味深いです。
さらに末社には天神地祇社があります。
御祭神が天神地祇、つまり天の神様(天津神)、地の神様(国津神)全て諸々祀っているという、スペクタクルな社です(笑)こういう祭り方、地元の神社にもありますよ( ̄▽ ̄;)
ありがとうございましたm(_ _)m
追記…
天児屋根命は歴史的に有名な藤原氏の祖神になります。
個人的には笑う神様みたいなイメージなんですけど、もっと格式高い神様になるんですよね。
健甕槌命は天津神最強の武神です。
ちなみにこの神社って元春日と呼ばれるそうです。
つまり春日大社よりも古いって事っすね( ̄▽ ̄)
社号&鳥居
手水舎
鳥居…?じゃないよね(笑)
牝鹿さん
牡鹿さん
拝殿前階段
拝殿。神前結婚式してました。
本殿。見にくいですが本殿四つあります。
枚岡神社(ひらおか~)は、大阪府東大阪市にある神社。式内社(名神大社)、河内国一之宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。祭神は、天児屋根命(あめのこやね)、比売神(ひめがみ)、経津主命(ふつぬし)、武甕槌命(たけみかづち)の4柱。春日大社は当社から天児屋根命、比売神を勧請したことから「元春日」とも称される。
社伝によると、創建は神武天皇即位前3年(紀元前663年)、神武東征に際して天種子命が勅命により天児屋根命・比売神の2神を東方山神の神津嶽(かみつだけ)に奉斎したことに始まる。その後、飛鳥時代の白雉元年(650年)に当地の古代氏族である平岡連(平岡氏)が神津嶽から現在地に奉還した。(なお、史料における当社の社名は、古代より「枚岡」と「平岡」の字が併用されている。)
平安時代の859年には、神階が最高位の正一位に昇叙したと国史に記載されている。また、927年の『延喜式神名帳』には「河内国 河内郡 枚岡神社 四座 名神大」と記載されている。
平安時代末期以降は、河内国一之宮として崇敬を受けたとされるが、史料に明確な記載がない。鎌倉時代の1275年に西大寺の叡尊が衆僧100余人を率いて参詣し、蒙古襲来に対する大般若経の講讃転読を行った記録がある。戦国時代の1574年には当社神官の水走有忠(みずはいありただ)が織田信長と合戦し社殿を焼失、1605年に豊臣秀頼が復興のために社領などを寄進している。江戸時代には徳川幕府からの崇敬はほぼなったようで、村から社領5石の寄進を受けたのみ、1826年には氏子が現本殿を造営している。明治時代には近代社格制度において官幣大社に列し、昭和戦後、神社本庁の別表神派に加列している。
当社は、近鉄奈良線・枚岡駅の東口駅前すぐの場所にあって、駅のホームから一の鳥居が見える。境内地は生駒山脈の西麓に位置し、社殿は西面して鎮座している。もともと山岳信仰が発祥ということもあり、本殿は山の中腹にあるが、背後の山上に<神津嶽本宮>がある。他の一宮と比較すると、境内は広くはないが、4つの本殿が横に並ぶ独特な形式をもっている。
今回は、河内国一之宮であるため参拝することに。参拝時は週末の朝一、神職の方々はまだ準備中だったが、おそらく地元の人々中心に、参拝者はぱらぱらと見受けられた。
枚岡駅西口すぐに階段が始まる境内入口。<鳥居>と<社号標>。
鳥居の後ろには、なだらかに登る広い参道が続く。
参道を登り切ると広場があり、進行方向は左手にずれる。参拝時は例祭当日(夏の大祓)で茅の輪と祭壇があった。
社殿に向かう階段入口の左手(上写真左手)にある<手水>。
当社では神の使いは<鹿>。手水も<鹿>の口から竹筒を通して水が出る。
社殿への階段手前の石柱上部が、<剣>の形になっている。
階段手前で<神橋>を渡る。
神橋手前の狛犬が<狛鹿>になっている。左側の<狛鹿>は角がないのでメス?子連れ?<なで鹿>の表札がある。
右側の<狛鹿>は、角があるのでオスっぽい。
階段途中から<拝殿>全景。
開放度が高い<拝殿>正面。華やかな雰囲気。
左に少しずれると、拝殿奥に見える<本殿>の門。
社殿を斜めから。庇が長く伸びている。
<拝殿>左側から、<本殿>入口を望む。
拝殿の左手突き当りにある<龍鳴殿(受付所)>。御朱印はこちら。
拝殿の右手にある<授与所>。
拝殿の右側から<本殿>入口を望む。
<本殿入口>アップ。この後ろに<4つの本殿>が横一列に並ぶ。
透塀越しに見える<4つの本殿>。この位置からだとちょっと見えにくい。
赤い透塀のすぐ右隣にある、摂社<若宮社>と末社<天神地祇社>の仮殿。工事中につき。
天神地祇社の右隣で、ちょっと奥まったところにある、末社<一言主(ひとことぬし)神社>。
一言主神社の社殿前からの<4つの本殿>。ここがベスポジ。(^▽^)/
一言主神社の入口下にある<お百度石>。「念ずれば花開く」の文字。(^_^;)
一言主神社の右手にある、摂社<若宮社>の敷地。工事中につき、本殿横の仮殿にて参拝。
若宮社敷地の右手に、石垣上、石塀の奥遠くに鎮座する<飛来天神社>。
飛来天神社の右手に、ひっそりとある<遥拝所>。神津嶽本宮、皇居、伊勢神宮、橿原神宮など、榊を通して全国の神社を遙拝する場所。
つづいて右手参道脇にある<>。工事中とのこと。
やがて階段が現れ、その上に建つ<天神地祇社>。近隣の13社、かついて境内にあった19社を合祀している。工事中につき、本殿横の仮殿にて参拝。
さらに進むと<楠正行公 緑の井戸>。
この先、南の出入口の<鳥居>。
鳥居を出たところからの、大阪方面の景色。中央の住宅の煙突の向こうに<あべのハルカス>が見える。
来た順路を戻って行く。拝殿前の階段を下りると、階段の右脇にある<禊場・お滝場>。
塀の中に入ると、木製の鍵がかかるので裸になって本物の禊ができる。強い滝と弱い滝の2種類。タオルがあればやってみたかった...
初めて河内国に来たため、河内国神社用の御朱印帳を購入。<4つの本社>が描かれている。
河内国一宮、枚岡神社を参拝しました。近鉄奈良線・枚岡駅を降りてすぐに参道入り口があります。階段を上り参道広場には鹿の手水舎が、拝殿へ登る階段の麓には「なで鹿さん」が。 御神籤も当然「撫で鹿」の置物御籤を購入です。 と思ったらもう一つ何故かラグビーボールの御籤が…。 東大阪にはラグビーの聖地・花園競技場があるからでしょうかね。
枚岡神社・参道
枚岡神社・神社名碑と二の鳥居
枚岡神社・二の鳥居
枚岡神社・注連縄
枚岡神社・手水舎
枚岡神社・拝殿
枚岡神社・本殿
枚岡神社・撫で鹿
御朱印
撫で鹿の御神籤
ラグビーボールの御神籤
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