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おにごえじんじゃ

鬼越神社の御由緒・歴史
福島県 植田駅

ご祭神日本武尊
創建時代平安時代中期
創始者安倍貞任
ご由緒

【 安倍貞任ゆかり 】
当神社は、平安時代の昔に鬼越城主・安倍貞任が学問の神である「文殊菩薩」を祀ったことから始まったと伝えられております。
【 鬼越山神徳寺改築の歴史 】
その後、堂宇は鬼越山神徳寺によって守られてきましたが、元禄4年(1691年)に改築を行い、新たに多聞天を御本尊として合祀し、国家の安全を願いました。
この改築の際の棟札には「郷中惣氏子 庄屋横山庄衛門 遷宮導師宥寶 本願別当宥智」という名前が記されております。
明和5年(1769年)には神殿の造り替えが行われ、後江栗村、前江栗村、中嶋村の人々が中心となって行いました。
その後も何度か改築が行われましたが、現存する棟札は当時の苦労と喜びを私たちに伝えています。
【 神仏分離令 】
明治元年(1868年)に神仏分離令が発令され、神徳寺は廃寺となりました。
それ以降、鬼越明神と尊称され、江栗村の所願成就所・産土神として、村民の信仰の中心となりました。
【 日本武尊の合祀と鬼越神社 】
大正15年(1926年)には日本武尊も合祀され、鬼越神社となりました。
その後、昭和21年(1946年)に勅令により社格が廃止され、鬼越神社となりました。
例祭は毎年4月8日に行われ、7年ごとに大祭が執り行われました。
大祭では安良町海岸渡御や潮垢離などが行われ、村全体で五穀豊穣や家内安全、学業の成就を祈願しました。
鬼越神社は、このような伝説と由来を持つ神社であります。

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