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慈恩寺のお参りの記録(1回目)
山形県羽前高松駅

投稿日:2026年08月22日(土) 17時03分16秒
参拝:2026年8月吉日
【瑞宝山(ずいほうざん)本山慈恩寺(ほんざんじおんじ)】
本尊:弥勒菩薩
宗派:慈恩宗
開山:行基(ぎょうき)

~『百寺巡礼』五木寛之氏が選んだ百の名刹 第68番~

 本山慈恩寺は、サクランボの里として有名な山形県寒河江市に位置します。寺伝によれば、行基が724(神亀元)年にこの地を選び、第45代 聖武天皇(在位:724-749)の命によって、746(天平18)年、東大寺の大仏開眼供養の導師で知られるインドの婆羅門僧正(ばらもんそうじょう)が寺を開いたと伝わります。
~これは、伝説だと考えたほうがいいと思うが、インド僧が登場するあたりは非常におもしろい。文献などによれば、実際に慈恩寺の歴史にさかのぼれるのは、平安後期あたりまでだそうだ。とはいえ、それでも相当に古い寺だということになる。~ 
 
その後、第74代 鳥羽天皇(在位:1107-1123)の勅願寺となり、鎌倉時代には地頭の大江氏の外護(げご)を受け、大江氏が滅びた後は、東北の有力な武将、最上氏の庇護(ひご)を受けています。
 江戸時代には、寺領が18ヵ村に広がっていましたが、明治維新後にその寺領のほとんどを失っています。かつては48あった坊舎のうち、かなりの坊が農業に転向して、現在は17坊に減っています。

~おもしろいことに、開創以来、この寺には法相宗、天台宗、真言宗、修験道、時宗といった各宗派がはいっている。「慈恩寺」という寺名は、法相宗の祖である中国の僧、慈恩大師に由来するものだそうだ。また、本尊の弥勒菩薩も、法相寺院で通例とされる仏さまである。~

~『百寺巡礼 第七巻 東北』五木寛之(講談社、2004)~
慈恩寺(山形県)
【仁王門前から見る三重塔】
慈恩寺(山形県)
【仁王門】
慈恩寺(山形県)
慈恩寺(山形県)
【仁王 阿形像】
慈恩寺(山形県)
【仁王 吽形像】
慈恩寺(山形県)
【鐘楼】
慈恩寺(山形県)
慈恩寺(山形県)
【手水舎】
慈恩寺(山形県)
【本堂】
国の重要文化財。
~内陣に一歩足を踏み入れた瞬間に、いかにもみちのくの古寺だ、と感じるものがあった。そこは暗くて、決してきらびやかではなく、古い歴史と霊気を感じさせる空間である。~

 本堂には、本尊弥勒菩薩、不動明王、降三世明王など多くの仏像が安置されています。奥の方にとても魅かれる聖観音さまがいらっしゃいました。厳しいお顔の聖徳太子さまも印象的でした。
慈恩寺(山形県)
【本堂 扁額】
慈恩寺(山形県)
慈恩寺(山形県)
【本堂】
慈恩寺(山形県)
【本堂・薬師堂】
慈恩寺(山形県)
【薬師堂】
~小さなお堂のなかにはいると、本尊の薬師如来坐像、両脇には日光・月光菩薩像、そのうしろには十二神将像がずらりと並んでいた。~

 以前、兵庫の鶴林寺を訪れた時、新薬師堂でウインクしている十二神像を拝見したのですが、この薬師堂にも片目をつむった神将がいらっしゃいました。両手で矢を斜に持ち、矢が真っすぐになっているか確認している姿のようです。
慈恩寺(山形県)
【阿弥陀堂】
慈恩寺(山形県)
【不動堂】
慈恩寺(山形県)
慈恩寺(山形県)
【本堂】
慈恩寺(山形県)
【天台大師堂】
慈恩寺(山形県)
【釈迦堂】
慈恩寺(山形県)
【三重塔】
~本堂から西のほうへ少し歩いたところにある三重塔へ足を運んだ。一目見て、これまでに見てきた繊細優美な塔とはちょっとちがう、という印象を受ける。荒削りで骨太で、いかにも東北の寺の三重塔、という感じだった。~
慈恩寺(山形県)
慈恩寺(山形県)
慈恩寺(山形県)
【本堂・鐘楼】
~いまは、あまり豪壮でも華麗でもない慈恩寺である。それだけに、この質朴な寺のなかに輝くばかりの仏像がひっそりと安置されていることに、ただ素直に感動せずにはいられなかった。~
慈恩寺の御朱印
【御朱印】
慈恩寺(山形県)
【道の駅寒河江 チェリーランド】
 すてきな道の駅ですね!

すてき

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