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2026年04月25日(土) 05時42分 byくし

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ご由緒
編集前
資料が見つからず詳細不明。
秀林寺のすぐ近くにあるためこれも鎮守社かと思われるが、不動尊、白龍神社と違いこの神社のみ「宝国山」の山号がついていないため、ルーツが異なる可能性がある。
北約500mの所にある常磐神社の合祀社の一つに「唐渡天満宮」が見られるため、ここが本宮、あるいは境外摂社か(「渡唐」は誤植?)

【唐渡天満宮とは?】
鎌倉時代に天神信仰と禅宗が結びつき、禅僧の間で「実は菅原道真は宋に渡り禅も修めていた」という「渡唐天神」という信仰が生まれたらしい。
当社以外にも、九州博多には「鏡天満宮・渡唐口跡」 京都伏見の城南宮の摂社に「唐渡天満宮」などが存在する。
秀林寺は禅宗ではないが、伝承では白滝不動は「山城国の僧侶」が創建したものであり、北の仙波町に伝わる常盤御前の伝説を合わせると鎌倉時代以前から存在していた可能性がある。
この山城国の僧侶が、故郷の城南宮から唐渡天満宮を勧請したのではないだろうか?
編集後
資料が見つからず詳細不明。
秀林寺のすぐ近くにあるためこれも鎮守社かと思われるが、不動尊、白龍神社と違いこの神社のみ「宝国山」の山号がついていないため、ルーツが異なる可能性がある。
北約500mの所にある常磐神社の合祀社の一つに「唐渡天満宮」が見られるため、ここが元宮だったか、または境外摂社ではないかと思われる(「渡唐」は誤植?)
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【唐渡天満宮とは?】
鎌倉時代に天神信仰と禅宗が結びつき、禅僧の間で「実は菅原道真は宋に渡り禅も修めていた」という「渡唐天神」という信仰が生まれたらしい。
当社以外にも、九州博多には「鏡天満宮・渡唐口跡」 京都伏見の城南宮の摂社に「唐渡天満宮」などが存在する。
秀林寺は禅宗ではないが、伝承では白滝不動は「山城国の僧侶」が創建したものであり、北の仙波町に伝わる常盤御前の伝説を合わせると鎌倉時代以前から存在していた可能性がある。
この山城国の僧侶が、故郷の城南宮から唐渡天満宮を勧請したのであろうか?