せんじょうじ
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専定寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年08月27日(木) 18時06分26秒
参拝:2026年8月吉日
専定寺は京都市東山区にあるお寺です。
前回の東山散策で夏バテしてしまったので 2週間空けて再び東山に訪れました。
いつからだろう こんなに夏に弱くなったの。
8月の奈良公園を2日間にわたって巡りたおした記憶もあるのに。。。。
今日は豊国神社を中心に巡りました。
まずは豊国神社の正面の道を下ったところにあるお寺です。
専定寺は烏寺とも呼ばれるそうです。
山門は開いていたのですが 柵があって中には入れません。
本堂前には車が停められていましたので 本堂の様子も分かりませんでした。
由緒書の駒札があるので 歴史のあるお寺だということは分かりました。
山門前で合掌しました。
お寺の目の前に大きな塚がありました。
見て見ると「耳塚(鼻塚)」と書かれています。
?
説明を読んで悲しくなりました。
朝鮮に侵攻した秀吉輩下の武将は 首級のかわりに挑戦軍民男女の鼻や耳をそぎ 塩漬けにして持ち帰ったそうです。
戦国時代までの武士は戦功の証として 高級将校は死体の首をとって検分し首塚で供養していたが 一揆(兵農分離前の農民軍)や足軽など身分の低いものは鼻や耳でその数を証した。
文禄・慶長の役では首をそのまま持ち帰ることが難しいことや 人身売買目的での誘拐(人取り)の抑制として 豊臣秀吉が耳や鼻の量が一定に達した者(一定の戦功を挙げた者)から人取りを許可したため大規模に行われた。
これ武功じゃなく愚行ですよね。
歴史を正しく知るために これは載せさせていただきました。
ネット情報です。
方広寺の西にある専定寺は 烏寺(からすでら)とも呼ばれる。
山号は熊谷山という。
浄土宗西山禅林寺派。
本尊は阿弥陀如来坐像。
洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第43番札所 札所本尊はそば喰地蔵(獅子地蔵)。
鎌倉時代 1208年 専定(せんじょう)法師という旅僧が 熊谷直実に因み この地に草庵を結んだのが始まりという。
もとは天台宗だったという。
創建年は不明 堯淳という僧が開いたともいう。(『京都府地誌』)
また 江戸時代 1666年 浄西により創建されたともいう。
寛文年間(1661-1673) そば喰地蔵(獅子地蔵)は第112代・霊元天皇の命により 僧・宝山が洛外・六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八願所の霊場の一つになる。
本堂安置の本尊「阿弥陀如来坐像」(京都市文化財指定)は秘仏とされている。
平安時代の後白河法皇の念持仏だったという。
平安時代後期作とみられ 金箔による像内化粧(像内漆箔)が施されている。
前回の東山散策で夏バテしてしまったので 2週間空けて再び東山に訪れました。
いつからだろう こんなに夏に弱くなったの。
8月の奈良公園を2日間にわたって巡りたおした記憶もあるのに。。。。
今日は豊国神社を中心に巡りました。
まずは豊国神社の正面の道を下ったところにあるお寺です。
専定寺は烏寺とも呼ばれるそうです。
山門は開いていたのですが 柵があって中には入れません。
本堂前には車が停められていましたので 本堂の様子も分かりませんでした。
由緒書の駒札があるので 歴史のあるお寺だということは分かりました。
山門前で合掌しました。
お寺の目の前に大きな塚がありました。
見て見ると「耳塚(鼻塚)」と書かれています。
?
説明を読んで悲しくなりました。
朝鮮に侵攻した秀吉輩下の武将は 首級のかわりに挑戦軍民男女の鼻や耳をそぎ 塩漬けにして持ち帰ったそうです。
戦国時代までの武士は戦功の証として 高級将校は死体の首をとって検分し首塚で供養していたが 一揆(兵農分離前の農民軍)や足軽など身分の低いものは鼻や耳でその数を証した。
文禄・慶長の役では首をそのまま持ち帰ることが難しいことや 人身売買目的での誘拐(人取り)の抑制として 豊臣秀吉が耳や鼻の量が一定に達した者(一定の戦功を挙げた者)から人取りを許可したため大規模に行われた。
これ武功じゃなく愚行ですよね。
歴史を正しく知るために これは載せさせていただきました。
ネット情報です。
方広寺の西にある専定寺は 烏寺(からすでら)とも呼ばれる。
山号は熊谷山という。
浄土宗西山禅林寺派。
本尊は阿弥陀如来坐像。
洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第43番札所 札所本尊はそば喰地蔵(獅子地蔵)。
鎌倉時代 1208年 専定(せんじょう)法師という旅僧が 熊谷直実に因み この地に草庵を結んだのが始まりという。
もとは天台宗だったという。
創建年は不明 堯淳という僧が開いたともいう。(『京都府地誌』)
また 江戸時代 1666年 浄西により創建されたともいう。
寛文年間(1661-1673) そば喰地蔵(獅子地蔵)は第112代・霊元天皇の命により 僧・宝山が洛外・六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八願所の霊場の一つになる。
本堂安置の本尊「阿弥陀如来坐像」(京都市文化財指定)は秘仏とされている。
平安時代の後白河法皇の念持仏だったという。
平安時代後期作とみられ 金箔による像内化粧(像内漆箔)が施されている。

この道は豊国神社から続く正面通です

豊国神社からすぐ近くです

山門は開いていますが柵がありました

由緒書

境内の様子を撮ろう・・・車が本堂の前に停まっていました

こんな感じのお寺です

お寺の目の前に耳塚(鼻塚)がありました

酷すぎる歴史がありました
すてき
みんなのコメント(2件)
くるくるきよせんさん こんばんわ。
「前回の東山散策で夏バテしてしまったので いつからだろう こんなに夏に弱くなったの。8月の奈良公園を2日間にわたって巡りたおした記憶もあるのに。。。。」
ずばり「老化」です。(*ノωノ) 自分も年々 体力の衰えを痛感してます。
偶に何も無いところで躓きそうになるし。(。´・ω・)?(;´Д`)
神社仏閣巡り中はアドレナリン全開なので疲れ知らずですが帰宅後は猛烈な眠気が・・・・(+_+)
この酷暑 そろそろ収まって涼しくなって欲しいですよね(*´▽`*)
2026年08月27日(木) 21時31分06秒
hideさん こんばんは。
いつもコメントをいただきありがとうございます。
私からコメント打つことが少ないのに・・・感謝しております。
「老化」 はい間違いなくその通りです!
この夏は 外回りで段差もないのに捻挫したり 人間ドックで血液の数値が悪かったり。。。
休日の朝 さて寺社巡りに行くぞー!っていうアドレナリンもなかなか出ないです。
老化のスピードを少しでも遅くするべく そろそろ寺社参拝の数を増やしていきたいです。
もうそろそろ 暑さなんとかしてくれーですね。
2026年08月27日(木) 23時26分39秒
投稿者のプロフィール
くるくるきよせん3950投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
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