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兵庫縣姫路護國神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年09月19日(土) 11時04分38秒
参拝:2025年8月吉日
過去の参拝記録です。
書写山圓教寺をお参りした後は、バスで姫路駅方面へ戻りました。
その途中、姫路城の近くで途中下車し、兵庫縣姫路護國神社をお参りしました。
兵庫縣姫路護國神社では、戊辰戦争以降の戦争や事変などで亡くなった、播州・但馬を中心とする兵庫県西部地域出身の方々が祀られています。現在の御祭神は56,988柱です。
この地では明治26年(1893年)から、現在の大手前公園付近にあった城南練兵場で招魂祭が行われていました。その後、常に御霊をお祀りできる神社を建立しようという動きが起こり、昭和13年(1938年)、姫路城の麓に兵庫縣姫路招魂社が創建されました。翌昭和14年には、制度の変更に伴って兵庫縣姫路護國神社と改称されました。
姫路の市街地は第二次世界大戦中に二度の空襲を受けましたが、神社の社殿は焼失を免れたそうです。戦後の昭和21年には神社を存続させるため「白鷺宮」と改称し、その後、昭和29年(1954年)に現在の兵庫縣姫路護國神社という名称に戻りました。
姫路城のすぐ近くという場所にありますが、鳥居をくぐると周囲の賑わいから少し離れ、静かな境内が広がっていました。
護国神社を訪れるたび、今の日本を見守ってくださっている英霊の方々に思いを馳せます。
一人ひとりに家族があり、それぞれの人生があったことを思いながら、現在の平穏な日々への感謝とともに、静かにお参りしました。
書写山圓教寺をお参りした後は、バスで姫路駅方面へ戻りました。
その途中、姫路城の近くで途中下車し、兵庫縣姫路護國神社をお参りしました。
兵庫縣姫路護國神社では、戊辰戦争以降の戦争や事変などで亡くなった、播州・但馬を中心とする兵庫県西部地域出身の方々が祀られています。現在の御祭神は56,988柱です。
この地では明治26年(1893年)から、現在の大手前公園付近にあった城南練兵場で招魂祭が行われていました。その後、常に御霊をお祀りできる神社を建立しようという動きが起こり、昭和13年(1938年)、姫路城の麓に兵庫縣姫路招魂社が創建されました。翌昭和14年には、制度の変更に伴って兵庫縣姫路護國神社と改称されました。
姫路の市街地は第二次世界大戦中に二度の空襲を受けましたが、神社の社殿は焼失を免れたそうです。戦後の昭和21年には神社を存続させるため「白鷺宮」と改称し、その後、昭和29年(1954年)に現在の兵庫縣姫路護國神社という名称に戻りました。
姫路城のすぐ近くという場所にありますが、鳥居をくぐると周囲の賑わいから少し離れ、静かな境内が広がっていました。
護国神社を訪れるたび、今の日本を見守ってくださっている英霊の方々に思いを馳せます。
一人ひとりに家族があり、それぞれの人生があったことを思いながら、現在の平穏な日々への感謝とともに、静かにお参りしました。
すてき
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BLZ521投稿
見つけて頂き、また、すてきとフォロー誠にありがとうございます。 当方、昔から神社仏閣巡りが好きで、色々な神社仏閣を訪れました。最近は、たまの一人の時間や旅行、出張にかこつけて神社仏閣を巡っており...もっと読む
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