いたてひょうずじんじゃ
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射楯兵主神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年09月19日(土) 11時04分50秒
参拝:2025年8月吉日
過去の参拝記録です。
兵庫縣姫路護國神社をお参りした後は、近くにある射楯兵主神社を訪れました。
「射楯兵主神社」と書いて「いたてひょうずじんじゃ」と読みます。名前を見ただけではなかなか読めませんでした。射楯兵主神社では、射楯大神と兵主大神の二柱をお祀りしています。射楯大神は五十猛命、兵主大神は大国主命とされ、非常に古くからこの地域で信仰されてきました。延喜式神名帳にも「射楯兵主神社二座」と記される古社で、養和元年(1181年)には播磨国内の大小明神174座をあわせて祀り、「播磨国総社」と呼ばれるようになりました。
そのため、単に姫路の鎮守というより、播磨国全体の神々をお祀りする総鎮守という位置づけの神社です。
また、歴代の守護や姫路城主からも篤く信仰され、姫路城を守護する神社として崇敬されてきました。天正年間には羽柴秀吉による姫路城の築城に伴って現在地へ遷座し、その後も池田輝政や本多忠政、榊原忠次など歴代城主からさまざまな奉納を受けています。境内には摂社や末社も多く、あちこちお参りしながら回りました。
「総社」という名前のとおり、一つの神社でありながら播磨国の多くの神々が集まっている場所で、姫路城のすぐ近くにこれほど古くから続く信仰の中心があることも印象に残りました。
兵庫縣姫路護國神社をお参りした後は、近くにある射楯兵主神社を訪れました。
「射楯兵主神社」と書いて「いたてひょうずじんじゃ」と読みます。名前を見ただけではなかなか読めませんでした。射楯兵主神社では、射楯大神と兵主大神の二柱をお祀りしています。射楯大神は五十猛命、兵主大神は大国主命とされ、非常に古くからこの地域で信仰されてきました。延喜式神名帳にも「射楯兵主神社二座」と記される古社で、養和元年(1181年)には播磨国内の大小明神174座をあわせて祀り、「播磨国総社」と呼ばれるようになりました。
そのため、単に姫路の鎮守というより、播磨国全体の神々をお祀りする総鎮守という位置づけの神社です。
また、歴代の守護や姫路城主からも篤く信仰され、姫路城を守護する神社として崇敬されてきました。天正年間には羽柴秀吉による姫路城の築城に伴って現在地へ遷座し、その後も池田輝政や本多忠政、榊原忠次など歴代城主からさまざまな奉納を受けています。境内には摂社や末社も多く、あちこちお参りしながら回りました。
「総社」という名前のとおり、一つの神社でありながら播磨国の多くの神々が集まっている場所で、姫路城のすぐ近くにこれほど古くから続く信仰の中心があることも印象に残りました。
すてき
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BLZ521投稿
見つけて頂き、また、すてきとフォロー誠にありがとうございます。 当方、昔から神社仏閣巡りが好きで、色々な神社仏閣を訪れました。最近は、たまの一人の時間や旅行、出張にかこつけて神社仏閣を巡っており...もっと読む
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