ひろしまとうしょうぐう
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楽しみ方広島東照宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年08月11日(火) 18時16分54秒
参拝:2026年7月吉日
広島県にある東照宮で、広島藩2代目当主の浅野光晟公の母親が家康公の三女であったため藩の事業として建てられました。自らの祖父を祀る神社というのもありますが、当時の江戸幕府への恭順を示す政治的な背景もあります。

《社号碑》
鳥居までは駐車場になってます。
鳥居までは駐車場になってます。

《鳥居》
扁額には「廣島東照宮」とあります。これを機にこのページも変更しようかな。
扁額には「廣島東照宮」とあります。これを機にこのページも変更しようかな。

《唐門》
当社も広島への原爆投下時によって施設の大部分が焼失しましたが、この唐門は全壊を逃れました。
当社も広島への原爆投下時によって施設の大部分が焼失しましたが、この唐門は全壊を逃れました。

《記念樹》

《手水舎》
水は流れています。洗ひつるここも…(略)
水は流れています。洗ひつるここも…(略)

《拝殿》🙏
扁額の揮毫者として名前のある徳川宗敬さんは水戸徳川家出身で戦前は政治家として、戦後は扁額の通り伊勢の神宮大宮司、神社本庁統理を歴任された方です。
扁額の揮毫者として名前のある徳川宗敬さんは水戸徳川家出身で戦前は政治家として、戦後は扁額の通り伊勢の神宮大宮司、神社本庁統理を歴任された方です。

《授与品類》
獅子のおみくじと書置きの御朱印いただきました。
獅子のおみくじと書置きの御朱印いただきました。

《神輿庫》
👁チェックポイント‼️
当社の特徴として広島藩主が家康公の子孫として創祀したことから家康公の没後の法要と併せて祭典を行い、50年ごとの式年祭を行っていました。
途中太平洋戦争によって停止しましたが平成27年に200年ぶりに再開したという、広島県発展の歴史を重んじていることが窺えますね。
👁チェックポイント‼️
当社の特徴として広島藩主が家康公の子孫として創祀したことから家康公の没後の法要と併せて祭典を行い、50年ごとの式年祭を行っていました。
途中太平洋戦争によって停止しましたが平成27年に200年ぶりに再開したという、広島県発展の歴史を重んじていることが窺えますね。

《御産稲荷社》
鳥居が金色にも見えたのでこちらが金光稲荷さんかと勘違いしました。
いつもお世話になっております!
鳥居が金色にも見えたのでこちらが金光稲荷さんかと勘違いしました。
いつもお世話になっております!

《福禄寿像》
広島二葉山山麓七福神の一角です。
広島二葉山山麓七福神の一角です。

《御神井》
祭典時の水はこちらを用いるとされています。
祭典時の水はこちらを用いるとされています。

《祖霊社》
お盆ですからね。皆さん戻ってきているでしょうか。
お盆ですからね。皆さん戻ってきているでしょうか。
すてき
投稿者のプロフィール
神祇伯1865投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(8/23更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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