ひだいちのみやみなしじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方
飛驒一宮水無神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年10月01日(木) 05時35分45秒
参拝:2026年9月吉日
国道41号線(高山下呂連絡道路)で高山市街地方面から来ると、大きな看板や道標があるので、それに従って信号のない十字路を左折する。
歩道橋を潜ってすぐの道。
突き当たりを左折後すぐに右折すると、どんつきが駐車場である。
鳥居の周辺にも、何台か停められる。
歩道橋を潜ってすぐの道。
突き当たりを左折後すぐに右折すると、どんつきが駐車場である。
鳥居の周辺にも、何台か停められる。

位山を御神体山として仰ぐ水無神社は、飛騨国の式内社八社の首座とされ、古くから飛騨国一宮として崇敬されてきた。
創建年代そのものは分かっていないが、史料上では貞観9年(867)に神位を授けられた記録が確認できる。
明治4年には国幣小社となり、現在は神社本庁の別表神社。
別表神社(べっぴょうじんじゃ)とは、神社本庁が定める規程の別表に記載され、宮司などの人事や待遇面で特別な扱いを受ける有力な神社のことで、全国の約8万社のうち、約350〜360社ほど(全体の1%未満)が指定されている。
主祭神は大歳大神(おおとしのおおかみ/稲作・穀物の実り、そして一年の実りを司る神)。
これに相殿神である14柱を加え、総称して水無大神(みなしのおおかみ)と呼んで、お祀りしている。
創建年代そのものは分かっていないが、史料上では貞観9年(867)に神位を授けられた記録が確認できる。
明治4年には国幣小社となり、現在は神社本庁の別表神社。
別表神社(べっぴょうじんじゃ)とは、神社本庁が定める規程の別表に記載され、宮司などの人事や待遇面で特別な扱いを受ける有力な神社のことで、全国の約8万社のうち、約350〜360社ほど(全体の1%未満)が指定されている。
主祭神は大歳大神(おおとしのおおかみ/稲作・穀物の実り、そして一年の実りを司る神)。
これに相殿神である14柱を加え、総称して水無大神(みなしのおおかみ)と呼んで、お祀りしている。

昭和26年(1951)9月建之の社号標。

狛犬さんは、随分犬っぽい。

平成29年5月に奉献されている。

『国』と『社』が読み取れるので、『国幣小社』の石碑だろう。
裏側の刻字は、読み取れなかった。
裏側の刻字は、読み取れなかった。

水無神社の大スギ。

本当に大きくて、大迫力であった。

ねじの木。

伐採を相談したところ、一夜にして幹や梢がねじ曲がり、神意を恐れた里人が伐採を取りやめたと伝わるヒノキ。

頭でっかちな石灯籠。
四隅に支柱が入れられた上、近寄れない様にか柵まで出来ている。
天保6年(1835)8月の奉献。
四隅に支柱が入れられた上、近寄れない様にか柵まで出来ている。
天保6年(1835)8月の奉献。

絵馬殿。

この絵馬殿は、もともとは拝殿であったそう。

氏子さん達にとても大切にされ、現在は絵馬殿として建て直されて、重要文化財にまでなったそうだ。

白川神社。

ダム湖の湖底に沈む事になった二集落の氏神様を、水無神社に御遷座、合祀して、創建したそうである。

狛犬さん。

台座に何か掘ってあったが、摩耗していて読めなかった。

手水舎

神門。


木彫りの山犬型狛犬さんがいる。

神門前の狛犬さんは、この狛犬さんをモデルに作られたそうだが、どうした訳か、私はその狛犬さんを見落としてしまった。
痛恨の極みである。
痛恨の極みである。

社殿。

お稲荷さん。


狛狐さん。

平成6年(1994)年10月寄進。





途中で調べた水無神社の由緒にあった、『飛騨国式内社八社』というのが大変気になった。
その為、途中から急ぎ足になってしまって見落としたものも多く、後から転げ回るほど残念な思いをしたお社となった。
その為、途中から急ぎ足になってしまって見落としたものも多く、後から転げ回るほど残念な思いをしたお社となった。

すてき
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。




