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ナナ
2021年07月15日(木)
332投稿

毎年楽しみにしている花はす公園に行く途中、大塩八幡宮、国指定重要文化財の看板を発見しました。
帰りにお参りに🙏

梅雨空の中、苔むした階段が輝いています。
長い階段の先には拝殿。
最近はこの位の階段は何でも無い!と、気合いを入れ登りますが💦💦

杉林の中澄んだ空気、気持ちの良い空間に国指定重要文化財の大きな拝殿が🙏
素敵な神社⛩さんでした☘️

階段は滑ります、気をつけて❗️😊

大塩八幡宮(福井県)

ニノ鳥居⛩

大塩八幡宮の建物その他

苔むした長い階段

大塩八幡宮の建物その他大塩八幡宮の鳥居

三ノ鳥居⛩

大塩八幡宮の建物その他

手水
湧水でしょうか、冷たくて気持ち良い☘️

大塩八幡宮(福井県)大塩八幡宮(福井県)

重要文化財の大きな拝殿

大塩八幡宮の本殿

扁額

大塩八幡宮の建物その他

一ノ鳥居、旧用剤

大塩八幡宮の本殿

大きな拝殿の後に鳥居と本殿、一段上がります

大塩八幡宮の狛犬

狛犬

大塩八幡宮の本殿

本殿

大塩八幡宮(福井県)

摂社

大塩八幡宮の末社

摂社

大塩八幡宮の建物その他

階段の途中に社務所がありそちらで御朱印頂けます

大塩八幡宮の自然

花はす公園の蓮

大塩八幡宮(福井県)

これからが見頃☘️

大塩八幡宮の自然

色々な種類の蓮の花があります☘️

大塩八幡宮の自然
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NOP
2020年02月29日(土)
202投稿

【なんどでも来たい神々しい神社】

大塩八幡宮は大塩山の麓にある、大木に囲まれた神々しい雰囲気のある神社です。境内社に式内社を抱え、891年創建と長い歴史があります。

拝殿の横や裏手にたくさんの摂社末社があり、珍しい疱瘡の神様もあります。

個人的には大塩八幡神社は、白山神社(勝山市)や岡太・大滝神社(越前市)と並んで、好きな神社です。
何度でも来たいと思う神社の一つです。

大塩八幡宮の御朱印大塩八幡宮の建物その他

長い苔生した階段を登ります。178段。
右手が社務所です。

大塩八幡宮の建物その他

社号標

大塩八幡宮の手水

手水は岩清水です。

大塩八幡宮の鳥居

拝殿。国指定の重要文化財だそうです。

大塩八幡宮の本殿

拝殿

大塩八幡宮の建物その他

拝殿の扁額。とても古そうです。

大塩八幡宮の建物その他

神楽殿

大塩八幡宮の建物その他

神楽殿

大塩八幡宮の建物その他

神楽殿の扁額。

大塩八幡宮の鳥居

階段から下を見て。三の鳥居。

大塩八幡宮の建物その他

社務所は駐車場のあるところから階段を少し登った右手にあります。

大塩八幡宮の建物その他

社務所で御朱印を戴きました。お昼時に丁寧に対応していただきました。

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歴史

 第五十八代光孝天皇御代仁和三年(887)八月三日、紀中納言友仲朝臣が当国国府の南泉島へ流罪になった。無実の罪を歎きながら榊を現在の本殿の地に植え、石清水八幡宮の神を祀り、麓に参籠所を設けて日夜祈願を続けた。宇多天皇の御代寛平元年(889)三月勅許により京都に帰ることができた。このことを喜び神勅を戴いて社殿の造営にかかり同三年(891)八月二十日石清水八幡宮の神霊を勧請し鎮座した。この時勅使を派遣され清原元政を神主職に補せられた。中頃に姓を瓜生と改めたが末裔は連綿とし現在に続いている。鎮座の際王子保の地一帯を神領とした事から大塩保八幡宮と言われた。中古武門の崇敬が篤く鎌倉幕府より田地の寄附があり、足利・朝倉家等の国主も尊崇し田畑山林の寄附や社殿の造営修復を行ない、繁栄を極めたが天正年間(1573~1592)一揆が起き、更に慶長年間(1596~1614)の太閤検地の際に悉く没収され神社は衰微した。その後慶長八年(1603)松平秀康が入国した際社領三十石を寄附し、松平忠直は二十石を加増した。以後代々の松平家は崇敬心あつく社殿の造営修理補を行なってきた。明治四年十月郷社・同七年六月県社・同四十一年四月神饌幣帛料供進神社に指定された。同四十三年十月十三日国兼の倭建尊を祀る大神下前神社を初め宇佐神社・愛宕神社・若宮神社・日野神社・日吉神社・小白山神社・癒瘡神社・天神社・住吉神社・若宮神社・稲荷神社など王子保地区内の十二社を合祀した。昭和四十六年八月二十八日八幡神社の社名に復した。境内には、式内社に比定される数多くの社があり、神域は荘厳を極め崇敬者も多い。

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大塩八幡宮の基本情報

住所福井県越前市国兼町22-2
行き方
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名称大塩八幡宮
読み方おおしおはちまんぐう
御朱印あり

限定御朱印なし
ホームページhttp://www.jinja-fukui.jp/detail/index.php?ID=20160120_112945

詳細情報

ご祭神帯中日子天皇
品陀和気天皇
息長帯日売尊
他十七祭神
ご由緒

 第五十八代光孝天皇御代仁和三年(887)八月三日、紀中納言友仲朝臣が当国国府の南泉島へ流罪になった。無実の罪を歎きながら榊を現在の本殿の地に植え、石清水八幡宮の神を祀り、麓に参籠所を設けて日夜祈願を続けた。宇多天皇の御代寛平元年(889)三月勅許により京都に帰ることができた。このことを喜び神勅を戴いて社殿の造営にかかり同三年(891)八月二十日石清水八幡宮の神霊を勧請し鎮座した。この時勅使を派遣され清原元政を神主職に補せられた。中頃に姓を瓜生と改めたが末裔は連綿とし現在に続いている。鎮座の際王子保の地一帯を神領とした事から大塩保八幡宮と言われた。中古武門の崇敬が篤く鎌倉幕府より田地の寄附があり、足利・朝倉家等の国主も尊崇し田畑山林の寄附や社殿の造営修復を行ない、繁栄を極めたが天正年間(1573~1592)一揆が起き、更に慶長年間(1596~1614)の太閤検地の際に悉く没収され神社は衰微した。その後慶長八年(1603)松平秀康が入国した際社領三十石を寄附し、松平忠直は二十石を加増した。以後代々の松平家は崇敬心あつく社殿の造営修理補を行なってきた。明治四年十月郷社・同七年六月県社・同四十一年四月神饌幣帛料供進神社に指定された。同四十三年十月十三日国兼の倭建尊を祀る大神下前神社を初め宇佐神社・愛宕神社・若宮神社・日野神社・日吉神社・小白山神社・癒瘡神社・天神社・住吉神社・若宮神社・稲荷神社など王子保地区内の十二社を合祀した。昭和四十六年八月二十八日八幡神社の社名に復した。境内には、式内社に比定される数多くの社があり、神域は荘厳を極め崇敬者も多い。

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