さいしょういん
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楽しみ方最勝院のお参りの記録(2回目)
投稿日:2026年07月31日(金) 05時49分48秒
参拝:2025年4月吉日
青森県 弘前市 銅屋町に境内を構える、金剛山 最勝院 光明寺、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社 霊場を巡礼してます、2023に初参拝後、何度も参拝してます。以前参拝しましたのでどの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 金剛山、寺号 院号は 最勝院、寺号は 光明寺、宗旨は 新義真言宗、宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 金剛界 大日如来、東北三十六不動尊霊場 第十五番札所、北国八十八ヵ所霊場 第五十九番札所、津軽八十八ヵ所霊場 第四十九番札所、津軽弘法大師霊場 第一番札所、
見所で在る、仁王門と仁王像、東北一の美塔と言われ、国指定重要文化財、五重塔の景観素晴らしい寺院、四季の彩合いで一層美しさが増します、仁王像その御尊像は2017年秋、阿形仁王像の左眼球落下により、修復への長い道のりが始まり、阿形・吽形共に目のみならず、全身崩壊の可能性が高いことが判明し、当初の眼球修理から躯(からだ)全体の解体修理をするという、重い判断がなされた、368年という大変古い歴史を示す大発見があり、運慶の流れを汲む仏師が造ったことも明らかとなる。これを受け、単なる修理ではなく、制作当初の姿に戻す、復旧・修復修理へと舵が切られることとなった。
(素晴らしい)と絶賛される力強い背中と、甦った(厳しくも優しい眼差し)の仁王像は、2023年春に本堂内での特別公開、元の仁王門に遷座となる。 1532年(天文1)春、弘信僧都(ひろのぶそうず)が陸奥(むつ)国(青森県)平賀郡堀越に3宇の伽藍(がらん)を造営したのに始まる。1612年(慶長17)弘前藩2代藩主津軽信枚(のぶひら)が弘前城下に弘前八幡宮(はちまんぐう)を創建したおり、当院はその別当寺となった。弘前藩の真言五山の筆頭として寺領300石を与えられた。明治維新のとき八幡宮と分離し大円寺跡(現在地)へ移転したと在ります
見所で在る、仁王門と仁王像、東北一の美塔と言われ、国指定重要文化財、五重塔の景観素晴らしい寺院、四季の彩合いで一層美しさが増します、仁王像その御尊像は2017年秋、阿形仁王像の左眼球落下により、修復への長い道のりが始まり、阿形・吽形共に目のみならず、全身崩壊の可能性が高いことが判明し、当初の眼球修理から躯(からだ)全体の解体修理をするという、重い判断がなされた、368年という大変古い歴史を示す大発見があり、運慶の流れを汲む仏師が造ったことも明らかとなる。これを受け、単なる修理ではなく、制作当初の姿に戻す、復旧・修復修理へと舵が切られることとなった。
(素晴らしい)と絶賛される力強い背中と、甦った(厳しくも優しい眼差し)の仁王像は、2023年春に本堂内での特別公開、元の仁王門に遷座となる。 1532年(天文1)春、弘信僧都(ひろのぶそうず)が陸奥(むつ)国(青森県)平賀郡堀越に3宇の伽藍(がらん)を造営したのに始まる。1612年(慶長17)弘前藩2代藩主津軽信枚(のぶひら)が弘前城下に弘前八幡宮(はちまんぐう)を創建したおり、当院はその別当寺となった。弘前藩の真言五山の筆頭として寺領300石を与えられた。明治維新のとき八幡宮と分離し大円寺跡(現在地)へ移転したと在ります
すてき
投稿者のプロフィール
japan-wel…849投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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