つゆのてんじんじゃ(おはつてんじん)
露天神社(お初天神)大阪府 東梅田駅
6:00〜24:00/社務所9:00~18:00(御朱印は17:00まで)
御朱印 | 通常御朱印は4種類いただけます。露天神社は「曽根崎心中」のお初と徳兵衛の絵。金毘羅宮は金色の台紙に墨書き。水天宮は和紙に青海波紋に福犬が描かれ、玉津稲荷社は鳥居の絵が台紙に描かれています。書き置きは裏がシールになっているものもあります。 | ||
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限定 | |||
御朱印帳 | |||
駐車場 | なし |
子どもの保育園が新年度の準備でお休みなので、堀川戎からぶらぶらときました。
なぜか、こちらに来たら子ども復活。
散々走り回っていたので、写真撮影はできず。
しかし、本殿、水天宮&金刀比羅宮、開運稲荷神社は、一緒にお参りしてくれました。
露天神社(つゆのてんじんじゃ)
~菅公聖蹟二十五拝~
主祭神 大己貴大神
少彦名大神
天照皇大神
豊受姫大神
菅原道真公
社格等 郷社
創建 大宝元年(700年)頃
本殿様式 神明造
別名 お初天神
札所等
菅公聖蹟二十五拝
この地はかつて曾根崎洲という大阪湾に浮ぶ孤島で、そこに「住吉住地曾根神」と祀っていたとされます。創建は西暦700年頃とされ、「難波八十島祭」旧跡の一社とされています。
社名は、「梅雨のころに神社の前の井戸から
水がわき出たため」という他、
菅原道真公が太宰府へ左遷される途中、
こちらで都を偲んで、
露とちる 涙に袖は朽ちにけり
都のことを思い出づれば
詠まれました。
また、かつては難波神明宮とも呼ばれ、
日本七神明
(東京芝神明宮、京都松原神明宮、京都東山神明宮、大阪難波神明宮、加賀金沢神明宮、信濃安曇神明宮、出羽湯殿山神明宮)
の一つにも挙げられました。
近世では摂津国西成郡曾根崎村
(キタの西半)が氏地となります。
近松門左衛門のいた頃の天神の境内は
560余坪の広さがあり、近松は当時の天神の様子を「影暗く風しんしんたる曽根崎の森」、
「天神の森」と書き記すほど木が鬱蒼と茂っていたそうです。しかし、太平洋戦争による戦火と、その後の社殿復興のための境内の切り売りが行われ、現在の広さとなりました。
お初天神
元禄16年(1703年)に堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が「天神の森(現在の社の裏手)」にて心中を遂げます。
一月後近松門左衛門はこの二人の悲恋を人形浄瑠璃『曽根崎心中』として発表したところ、当時の大きな話題となりました。
事件の神社は一躍有名となり、そのヒロインである「お初」の名前から以後今日に至るまで通称「お初天神」と呼ばれます。
曽根崎心中の中では「三十三に御身を変へ、色で導き情けで教へ、恋を菩提の橋となし、渡して観世音、誓ひは妙に有難し」
とお妙の名と観音信仰をかけてあります。
境内社
玉津稲荷
祓戸大神・御井神
金刀比羅宮・水天宮
(御祭神:天乃御中主大神、安徳天皇、大物主大神、崇徳天皇、住吉大神、他二柱)
開運稲荷社
(御祭神:玉津大神、天信大神、融通大神、磯島大神)
難波神明社
(御祭神:天照皇大神・豊受姫大神)
大阪三神明の夕日神明社。
表参道 裏参道 東参道 西参道があります。
大阪市北区曽根崎2-5-4
表参道⛩️
裏参道
御朱印の種類が増えていて
素敵♡で購入しましたが、、、
帰宅したらありません😢
代わりに御札を記録させて頂きました
<(_ _)>
瓢亭
夕霧そば
コロナ禍ではお休みされていて
今回はお邪魔することができました。
お初そば
社伝によれば、創建は壱千百有余年を遡り、文徳天皇の御代、嘉祥三年(850)に定め給いて「難波八十島祭」の旧蹟にも数えられ、「住吉住地曽称神」を祀ると伝えられている。往地此の地は曽根洲と称する孤島にて、曽根洲、後の曽根崎の地名はこの御神名より起こる。
平安期、渡辺十郎源契来たりて入植せしより、渡辺氏一族を始め移植の民次第に増し、曽根崎村へと発展し、当社も産土神「曽根崎天神」として尊崇された。現在も梅田、曽根崎地区の鎮守として信仰を集めている。
昌泰四年(901)菅原道真公筑紫に左遷配流の途次、当地を過ぎ給う砌、境内の草木露深ければ「露と散る 涙に袖は朽ちにけり 都のことを 想い出づれば」と詠ぜられ、菅公太宰府にて御他界の後、その遺徳を偲び賜り合祀し、御歌より「露ノ天神社」と称する。(社名の由来その他諸説有り)
元禄十六年四月七日堂島新地天満屋抱えの「お初」と内本町醤油屋平野屋の手代「徳兵衛」、当社の「天神の森」にて憤死し、日を置かず時の戯曲作家「近松門左衛門」により「曽根崎心中」として激化された。
以後上演の度、男女身分の差無く多数の民衆感激し、挙って当社に参詣慰霊に訪れたと云う。「お初天神」と通称される所以である。
住所 | 大阪府大阪市北区曾根崎2-5-4 |
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行き方 | Osaka Metro谷町線「東梅田駅」
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名称 | 露天神社(お初天神) |
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読み方 | つゆのてんじんじゃ(おはつてんじん) |
通称 | お初天神 |
参拝時間 | 6:00〜24:00/社務所9:00~18:00(御朱印は17:00まで) |
参拝にかかる時間 | 約10分 |
参拝料 | なし |
トイレ | あり |
御朱印 | あり 通常御朱印は4種類いただけます。露天神社は「曽根崎心中」のお初と徳兵衛の絵。金毘羅宮は金色の台紙に墨書き。水天宮は和紙に青海波紋に福犬が描かれ、玉津稲荷社は鳥居の絵が台紙に描かれています。書き置きは裏がシールになっているものもあります。 |
限定御朱印 | あり |
御朱印帳 | あり |
電話番号 | 06-6311-0895 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
ホームページ | http://www.tuyutenjin.com |
おみくじ | あり |
お守り | あり |
絵馬 | あり |
SNS |
ご祭神 | 《主》少彦名大神,大己貴大神 《合》天照大神,豊受姫大神 《配》菅原道真 |
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創建時代 | 伝・欽明天皇時代 |
ご由緒 | 社伝によれば、創建は壱千百有余年を遡り、文徳天皇の御代、嘉祥三年(850)に定め給いて「難波八十島祭」の旧蹟にも数えられ、「住吉住地曽称神」を祀ると伝えられている。往地此の地は曽根洲と称する孤島にて、曽根洲、後の曽根崎の地名はこの御神名より起こる。
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体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭りアニメなどサブカル札所・七福神巡り伝説 |
概要 | 露天神社(つゆのてんじんしゃ)は、大阪府大阪市北区曽根崎二丁目にある神社。旧社格は郷社。通称はお初天神。 |
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歴史 | 歴史[編集] 社伝によれば、この地はかつて曾根崎洲という大阪湾に浮ぶ孤島で、そこに「住吉住地曾根神」と祀っていたとされる。創建は大宝元年(701年)頃とされ、「難波八十島祭」旧跡の一社とされている。社名は、「梅雨のころに神社の前の井戸から水がわき出たため」ともいうもののほか、菅原道真が太宰府へ左遷される途中、ここで都を偲んで、 露とちる 涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出づれば との一首を詠んで涙を流したからとも伝えられている。 時代が下ると祭神を天照皇大神として祀っていたことから、かつては難波神明社とも呼ばれ、日本七神明(東京芝神明宮、京都松原神明宮、京都東山神明宮、大阪難波神明宮...Wikipediaで続きを読む |
引用元情報 | 「露天神社」『ウィキペディア日本語版』。 この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%9C%B2%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE&oldid=100040587 |
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