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芳徳寺ではいただけません
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ほうとくじ|臨済宗大徳寺派

芳徳寺
奈良県 近鉄奈良駅

9:00〜17:00(11月〜3月:〜16:00)

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり

芳徳寺について

柳生藩主柳生氏の菩提寺


柳生宗矩が亡父・石舟齋宗厳を弔うために創建。境内北側には柳生家歴代の墓所がある。

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🌷日向ぼっこ☀️🐇
2023年10月11日(水)
704投稿

🌼芳徳寺(ほうとくじ)に参拝させて頂きました🙏🌸奈良県奈良市柳生下町にある臨済宗大徳寺派の寺院。山号は神護山(じんごさん)で、本尊は釈迦如来。芳徳禅寺とも称されています。🌺寛永15年(1638年)大和国柳生藩主柳生宗矩の開基、宗矩と親交のあった沢庵宗彭の開山により創建されたと伝えられています。☘️宗矩が父の石舟斎宗厳の菩提を弔うため、柳生城があったと伝えられている場所に建立しました。宗矩の死後、当時、11歳であった末子の六ツ丸が仏門に入り、大徳寺の天祐和尚に預けられたのち、列堂義仙が当山の第一世住持となりました。🍁正保4年(1647年)正月、将軍家光の内意によって、宗矩の遺領小柳生村の1万2500石のうち200石が芳徳寺に寺領として分与されました。💐宝永8年(1711年)の火災により全焼したが、正徳4年(1714年)に再建されまし。☘️廃藩後は荒廃して山門や梵鐘も売却され、明治末期には無住の寺となったが、大正11年(1922年)に柳生家の末裔である元台湾銀行頭取の柳生一義の弟・基夫氏が資金を遺贈し、本堂が再建されました。🌸その後、大正15年(1926年)6月に副住職として赴任した橋本定芳(昭和5年(1930年)には住職に就任)は、芳徳寺の再興に奔走。🌼橋本は柳生新陰流の普及に努めた他、昭和3年(1928年)には境内に大和青少年道場(現在の成美学寮)を開設し、知的障害児の保護育成に尽力するなど、多方面の事業を手がけたました。

🍁所在地 : 奈良県奈良市柳生下町445

芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺の建物その他
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
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タンホイザ
2023年04月12日(水)
3156投稿

1638年柳生宗矩が父・宗厳の菩提を弔うため創建、開基は沢庵。
以来柳生藩一万石・柳生家の菩提寺となった。
本堂裏手には柳生一族の墓所がある。
山門手前には剣道と座禅の道場である正木坂剣禅道場がある。
興福寺別当一条院にあった奈良地方裁判所を、正面玄関口は京都所司代の玄関口を移築したものである。

芳徳寺の本殿

方丈(本堂)

芳徳寺の本殿

方丈(本堂)

芳徳寺(奈良県)

方丈(本堂)

芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)
芳徳寺(奈良県)

柳生宗矩木像

芳徳寺(奈良県)

釈迦如来・沢庵宗彭木像・列堂和尚木像

芳徳寺(奈良県)

柳生家墓所

芳徳寺(奈良県)

柳生宗矩墓(中央)2代三厳墓(右)3代宗冬墓(左)

芳徳寺(奈良県)

柳生宗厳墓(右から2つめ)

芳徳寺(奈良県)

柳生家墓所

芳徳寺(奈良県)

柳生家墓所

芳徳寺のお墓

柳生家墓所

芳徳寺(奈良県)
芳徳寺の建物その他
芳徳寺の山門

山門

芳徳寺(奈良県)

山門

芳徳寺(奈良県)

正木坂剣禅道場

芳徳寺(奈良県)

正木坂剣禅道場

芳徳寺(奈良県)

正木坂剣禅道場

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芳徳寺の基本情報

住所奈良県奈良市柳生下町445
行き方

奈良交通バス「柳生」下車、徒歩15分

アクセスを詳しく見る
名称芳徳寺
読み方ほうとくじ
参拝時間

9:00〜17:00(11月〜3月:〜16:00)

参拝料

大人200円、高校生150円、中小学生100円

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0742-94-0204
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://narashikanko.or.jp/spot/temple/hotokuji/

詳細情報

ご本尊釈迦如来
宗旨・宗派臨済宗大徳寺派
創建時代寛永十五年(1638)
開山・開基柳生宗矩/沢庵和尚
体験有名人のお墓

Wikipediaからの引用

概要
芳徳寺(ほうとくじ)は、奈良県奈良市柳生下町にある臨済宗大徳寺派の寺院。山号は神護山(じんごさん)で、本尊は釈迦如来。芳徳禅寺とも称される。
歴史
歴史[編集] 寛永15年(1638年)大和国柳生藩主柳生宗矩の開基、宗矩と親交のあった沢庵宗彭の開山により創建されたと伝えられる。宗矩が父の石舟斎宗厳の菩提を弔うため、柳生城があったと伝えられている場所に建立した。宗矩の死後、当時、11歳であった末子の六ツ丸が仏門に入り、大徳寺の天祐和尚に預けられたのち、列堂義仙が当山の第一世住持となった。正保4年(1647年)正月、将軍家光の内意によって、宗矩の遺領小柳生村の1万2500石のうち200石が芳徳寺に寺領として分与された。宝永8年(1711年)の火災により全焼したが、正徳4年(1714年)に再建された。 廃藩後は荒廃して山門や梵鐘も売却され...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通アクセス[編集] JR奈良駅または近鉄奈良駅から柳生・邑地中村行バスで50分「柳生」下車、徒歩15分
引用元情報芳徳寺」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E8%8A%B3%E5%BE%B3%E5%AF%BA&oldid=98257884

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