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だいこういん|臨済宗大徳寺派大本山大徳寺塔頭

大光院
京都府 北大路駅

大光院の基本情報

住所京都府京都市北区紫野大徳寺町92
行き方
アクセスを詳しく見る
名称大光院
読み方だいこういん
参拝料

通常非公開

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号075-492-3305
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊釈迦如来
院号大光院
宗旨・宗派臨済宗大徳寺派大本山大徳寺塔頭
創建時代1592年(文禄元年)
開山・開基豊臣秀保/古渓宗陳
ご由緒

文禄元年(1592年)、豊臣秀吉の実弟秀長の菩提を弔うために秀長の継嗣である秀保が古渓宗陳を開山として招き、所領である大和郡山に建立した。大光院の名称は秀長の戒名からとられている。
しかし、秀保が早世したために家が断絶すると、秀保の家臣・藤堂高虎により慶長4年(1599年)に本山である大徳寺の山内に塔頭として移された。以降、江戸時代を通じて伊勢国津藩藤堂家により援助が行われた。
文化3年(1816年)に焼失するが、文政年間(1818年 - 1830年)に藤堂氏により再興された。

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Wikipediaからの引用

概要
大光院(だいこういん)は、京都市北区紫野大徳寺町にある臨済宗大徳寺派の寺院。大本山大徳寺の塔頭。本尊は釈迦如来。
歴史
歴史[編集] 文禄元年(1592年)、豊臣秀吉の実弟秀長の菩提を弔うために秀長の継嗣である秀保が古渓宗陳を開山として招き、所領である大和郡山に建立した。大光院の名称は秀長の戒名からとられている。 しかし、秀保が早世したために家が断絶すると、秀保の家臣・藤堂高虎により慶長4年(1599年)に本山である大徳寺の山内に塔頭として移された。以降、江戸時代を通じて伊勢国津藩藤堂家により援助が行われた。 文化3年(1816年)に焼失するが、文政年間(1818年 - 1830年)に藤堂氏により再興された。 もともとは現在京都市立紫野高等学校のテニスコートがある場所にあったが、紫野高等学校の校地整備が行...Wikipediaで続きを読む
引用元情報大光院 (京都市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E5%A4%A7%E5%85%89%E9%99%A2%20%28%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82%29&oldid=90535997

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