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こばけん
2023年12月15日(金)
954投稿

23.12.13。JR茅ヶ崎駅北口より徒歩15分。茅ヶ崎市本村4丁目の国道1号線沿い近くの住宅街に鎮座。
別名《本村八王子神社》

御祭神《五柱の男神と三柱の女神》
 天之忍穂耳命(あめのおしほのみこと)
 天之菩卑能命(あめのほひほのみこと)
 活津日子根命(いくつひこねのみこと)
 天津日子根命(あまつひこねのみこと)
 熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)
 田心姫命(たきりひめのみこと)
 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと
 湍津姫命(たきつひめのみこと)

創立年 不詳

社格等 旧村社

例祭日 9月1日

【由緒】〜境内掲示板より〜
 創立年代は不詳なれど、社領民に郷民が祖先の墳墓を築き、その霊を社に記して八王子権現として敬神榮祖の誠を表したものと思われます。
当社を中心とする一帯を本村と称するは茅ヶ崎発祥の本源を立証するものであります。

 鎌倉幕府開府後は、武士の武運長久を祈る者多く、元弘3年(1333)新田義貞鎌倉討入の際、当社に祈祷し、神火を捧げて兵を挙げ北条氏を滅し、依って建武2年(1335)上洛の途次社参し、社殿を改修し、奉斎の誠を捧げております。

 明治維新の際は、八王子権現を八王子神社と改称し、明治40年(1907)4月指定村社に列格されました。

 創始は不詳とのことですが、鎌倉時代からの由緒がありますので、長い歴史を持っている神社ですね⛩️境内は意外に広くて解放感があります。境内社も見応えがあり、楽しめました。
 尚、茅ヶ崎市内には八王子神社が他に2社あります。

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

社頭

八王子神社(神奈川県)

社号標
昭和34年(1959)4月建立。
皇太子殿下ご成婚記念(現・上皇様)。

八王子神社(神奈川県)

鳥居
昭和2年(1927)4月建立。

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

狛犬(阿形)

八王子神社(神奈川県)

(吽形)

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

手水舎

八王子神社(神奈川県)

センサー式で水は出ました。

八王子神社(神奈川県)

拝殿
昭和2年(1927)再建。

八王子神社(神奈川県)
八王子神社の建物その他
八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

本殿

八王子神社(神奈川県)

神楽殿

八王子神社(神奈川県)

境内右側の境内社
護国社・天満宮があります。
※天満宮は別ページにて投稿します。

八王子神社(神奈川県)

八王子神社(神奈川県)

平成29年(2017)の建立。

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

境内左側から↓
関東大震災で倒壊した大鳥居の一部

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

石碑群

八王子神社(神奈川県)

庚申供養碑

八王子神社(神奈川県)

道祖神・庚申供養塔

八王子神社(神奈川県)

道祖神(安永5年/1776)

八王子神社(神奈川県)

鐘楼

八王子神社(神奈川県)

梵鐘

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

力石

八王子神社(神奈川県)

境内左側の境内社
八坂神社と稲荷社があります。
※八坂神社は別ページにて投稿します。

八王子神社(神奈川県)

八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)
八王子神社(神奈川県)

西側に駐車場

八王子神社(神奈川県)

社務所方向
こちらで書き置きの御朱印を拝受。

八王子神社(神奈川県)

境内右側に休憩スペースもあります。

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天狼星
2023年02月06日(月)
434投稿

仕事の合間に参拝。

八王子神社(神奈川県)

社号標

八王子神社(神奈川県)

鳥居

八王子神社の狛犬

狛犬(吽型)

八王子神社(神奈川県)

狛犬(阿形)

八王子神社の手水

手水舎

八王子神社(神奈川県)

社殿

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歴史

一、鎮座地 茅ケ崎市本村三丁目十三番四十号 ℡〇四六七(五四)六五四八
一、御祭神 八王子大神 市寸嶋比売命、多紀理毘売命、多岐都比売命、正勝吾勝速日天忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命
八王子大神とは、天照大御神と須佐之男命との誓約の際にお生まれになった五男三女の神々の尊称であります。
初めにお生まれになられた姫神様達は、須佐之男命の御子とされ、別称を宗像三柱の神ともいわれ、福岡県宗像大社のご祭神となられ、安芸の宮島・厳島神社にも祀られました。
次にお生まれになった男神様達は、天照大御神の御子となられました。
一、御神徳 五穀豊穣、家内安全、身体壮健、交通安全、学業成就、武運長久 郷土開拓の守護神として往古より郷民の崇拝のほか、旅人の道中安全祈願のため賑わったと伝えられております。
一、御末社 八坂神社、御祭神 須佐之男命、御神徳 悪病平癒・心身安堵。
本村天神  御祭神 菅原道眞命、御神徳 学業成就・諸受験合格。
一、御社格 古くは八王子権現と称され、円蔵寺の守護神として祀られておりましたが、明治五年、神仏分離が行なわれ、円蔵寺の別当を停め、八王子神社と改称し、茅ケ崎市本村の鎮守となり、明治四十三年、指定村社に列格されました。
その後、郷社として昇格申請なされましたが、大東亜戦争が勃発し終戦と共に、社格制度が廃止され現在に至っております。
一、御由緒 創立年代、創立者等不詳ですが、旧社領地内に郷土開拓時代の墳墓が所在することは、郷民が祖先の墳墓を築き、敬神崇祖の誠を捧げたものであり、神社を中心とする一帯を本村と称することは、茅ケ崎発祥の本源を立証するものであります。
鎌倉幕府開府後は、将士の武運長久を祈る者多く、元弘三年五月十八日、新田義貞が鎌倉幕府討ち入りの際に当神社に祈請し神火を捧げて兵勢を上げ北条氏を滅ぼし、予って建武二年、上洛の途次に社参し、社殿を改修して奉斎の誠を捧げられております。
慶安二年には、三代将軍徳川家光より、八王子権現鎮守なり、社領五百石余の御朱印を賜り、その後、延享三年十一月に社殿を大きく再興されております。
社殿は、関東大震災にて崩壊し、昭和二年に氏子の浄財と境内の松も伐採多用して建築され現在に至っております。
一、主要建物 本殿 流造。拝殿 権現造 二十六、五坪。
神楽殿 十三、五坪。
社務所 三十五坪。
境内地 八百十二、二九坪。
一、御祭事と行事
元旦祭  一月一日 氏子崇敬者の新年の平穏無事が祈願されます。
どんど焼  一月十四日 だんご焼とも言われ、古い神札やしめ飾り、門松等を焚き上げる行事で、団子を焼いて食べれば風邪をひかず、書き初めを焚き上げれば書道が上達すると言われております。
節分祭  二月節分 厄難消除を祈願する二百名に及ぶ年男の奉賛と境内に溢れんばかりの氏子崇敬者の参集があり多数の福物が授与されます。
浜降祭  七月十五日 神奈川県の民俗資料として無形文化財に指定されており、早暁の茅ケ崎海岸に近郷より三十数基神輿が集まる勇壮な祭典です。
例大祭  九月一日 厳粛に祭儀が執り行なわれ、五穀豊穣と氏子崇敬者の限りない幸せ、世界平和と共存共栄が祈願されます。
七五三 十一月 着飾った親子で社頭が賑わいます。三日と十五日前の近い日曜日には、神職によりお子さまの健やかな成長を祈願する祈祷がなされています。
新嘗祭 十一月二十三日 秋の収穫に感謝すると共に、勤労を尊び、全ての産業に至るまでの繁栄が祈願されます。

(神奈川県神社庁の神社詳細ページより引用)

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八王子神社の基本情報

住所神奈川県茅ケ崎市本村4-13-40
行き方

JR東海道本線「茅ヶ崎駅」北口より徒歩15分
JR相模線「北茅ヶ崎駅」より徒歩7分

アクセスを詳しく見る
名称八王子神社
読み方はちおうじじんじゃ
通称本村 八王子神社
参拝にかかる時間

20分

御朱印あり

限定御朱印なし

詳細情報

ご祭神《主》市杵島比売命,多紀理比売命,多岐津比売命,天忍穂耳命,天之菩卑能命,天津日子根命,熊野久須毘命,活津日子根命
創建時代不詳
ご由緒

一、鎮座地 茅ケ崎市本村三丁目十三番四十号 ℡〇四六七(五四)六五四八
一、御祭神 八王子大神 市寸嶋比売命、多紀理毘売命、多岐都比売命、正勝吾勝速日天忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命
八王子大神とは、天照大御神と須佐之男命との誓約の際にお生まれになった五男三女の神々の尊称であります。
初めにお生まれになられた姫神様達は、須佐之男命の御子とされ、別称を宗像三柱の神ともいわれ、福岡県宗像大社のご祭神となられ、安芸の宮島・厳島神社にも祀られました。
次にお生まれになった男神様達は、天照大御神の御子となられました。
一、御神徳 五穀豊穣、家内安全、身体壮健、交通安全、学業成就、武運長久 郷土開拓の守護神として往古より郷民の崇拝のほか、旅人の道中安全祈願のため賑わったと伝えられております。
一、御末社 八坂神社、御祭神 須佐之男命、御神徳 悪病平癒・心身安堵。
本村天神  御祭神 菅原道眞命、御神徳 学業成就・諸受験合格。
一、御社格 古くは八王子権現と称され、円蔵寺の守護神として祀られておりましたが、明治五年、神仏分離が行なわれ、円蔵寺の別当を停め、八王子神社と改称し、茅ケ崎市本村の鎮守となり、明治四十三年、指定村社に列格されました。
その後、郷社として昇格申請なされましたが、大東亜戦争が勃発し終戦と共に、社格制度が廃止され現在に至っております。
一、御由緒 創立年代、創立者等不詳ですが、旧社領地内に郷土開拓時代の墳墓が所在することは、郷民が祖先の墳墓を築き、敬神崇祖の誠を捧げたものであり、神社を中心とする一帯を本村と称することは、茅ケ崎発祥の本源を立証するものであります。
鎌倉幕府開府後は、将士の武運長久を祈る者多く、元弘三年五月十八日、新田義貞が鎌倉幕府討ち入りの際に当神社に祈請し神火を捧げて兵勢を上げ北条氏を滅ぼし、予って建武二年、上洛の途次に社参し、社殿を改修して奉斎の誠を捧げられております。
慶安二年には、三代将軍徳川家光より、八王子権現鎮守なり、社領五百石余の御朱印を賜り、その後、延享三年十一月に社殿を大きく再興されております。
社殿は、関東大震災にて崩壊し、昭和二年に氏子の浄財と境内の松も伐採多用して建築され現在に至っております。
一、主要建物 本殿 流造。拝殿 権現造 二十六、五坪。
神楽殿 十三、五坪。
社務所 三十五坪。
境内地 八百十二、二九坪。
一、御祭事と行事
元旦祭  一月一日 氏子崇敬者の新年の平穏無事が祈願されます。
どんど焼  一月十四日 だんご焼とも言われ、古い神札やしめ飾り、門松等を焚き上げる行事で、団子を焼いて食べれば風邪をひかず、書き初めを焚き上げれば書道が上達すると言われております。
節分祭  二月節分 厄難消除を祈願する二百名に及ぶ年男の奉賛と境内に溢れんばかりの氏子崇敬者の参集があり多数の福物が授与されます。
浜降祭  七月十五日 神奈川県の民俗資料として無形文化財に指定されており、早暁の茅ケ崎海岸に近郷より三十数基神輿が集まる勇壮な祭典です。
例大祭  九月一日 厳粛に祭儀が執り行なわれ、五穀豊穣と氏子崇敬者の限りない幸せ、世界平和と共存共栄が祈願されます。
七五三 十一月 着飾った親子で社頭が賑わいます。三日と十五日前の近い日曜日には、神職によりお子さまの健やかな成長を祈願する祈祷がなされています。
新嘗祭 十一月二十三日 秋の収穫に感謝すると共に、勤労を尊び、全ての産業に至るまでの繁栄が祈願されます。

(神奈川県神社庁の神社詳細ページより引用)

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